第十九話:嫉妬
昼休みの中庭は、いつもより少し騒がしかった。
理由は単純だ。
「ねえ、……また一緒じゃない?」
「ほんとだ。最近ずっとあの二人だよね」
視線の先にいるのは、神谷と七瀬。
もう“説明不要”の距離で並んでいる。
――そして、それを見ている「女子学生たち」がいた。
「……正直さ」
一人が小さく言う。
「ちょっとムカつくんだけど」
「え?」
隣が聞き返す。
「だってさ、あの七瀬さんでしょ?」
「クール系で、誰にも興味なさそうな感じだったのに」
ペットボトルを握る手に、少しだけ力が入る。
「それがさ、あの人には普通に笑ってるじゃん」
別の女子が、ぽつりと言う。
「……あれ、ずるくない?」
沈黙。
“ずるい”。
その単語が、空気を変えた。
その頃。
「また見られてるな」
神谷が小声で言う。
「うん」
七瀬はスマホを見ながら即答。
「で、どう思う」
「何が」
「いや……あの視線」
神谷は目だけで周囲を示す。
女子の集団。
明らかにこちらを見ている。
七瀬は一瞬だけ視線を上げて。
「別に」
即答だった。
「興味ない」
「強いな……」
神谷は苦笑する。
だが、そのとき。
「ねえ」
後ろから声。
振り向くと、女子二人組が立っていた。
どちらも、明らかに“普通の雑談”ではない顔をしている。
「七瀬さんってさ」
一人が言う。
「神谷くんと、ほんとに付き合ってるの?」
一瞬。
空気が止まる。
七瀬はスマホをしまって、ゆっくり顔を上げた。
「うん」
即答。
いつも通り。
でも――
その一言のあと、空気が少しだけ尖った。
「……そっか」
もう一人の女子が、笑う。
笑っているのに、目が笑っていない。
「でもさ」
一歩近づく。
「最近ずっと一緒じゃん」
「仲いいのは分かるけど」
「ちょっと露骨じゃない?」
神谷が口を開きかける前に――
七瀬が先に言った。
「別に」
一拍。
「関係ないでしょ」
その瞬間。
女子の片方の表情が、わずかに歪んだ。
「……ふーん」
短い声。
「そういう感じなんだ」
「別に悪く言ってないけど?」
「いや、悪いとかじゃなくてさ」
もう一人が笑う。
「なんか……余裕あるよね」
その言い方に、空気が少しだけ冷える。
神谷が間に入ろうとしたその瞬間――
「余裕じゃないよ」
七瀬が言った。
静かに。
淡々と。
でも、確実に線を引く声。
「必要だからやってるだけ」
「必要?」
女子の一人が首を傾げる。
「それってさ」
少し笑う。
「彼氏ごっこってこと?」
その瞬間。
神谷の指が、わずかに動いた。
七瀬はそれを見ずに――
「だったら何?」
一瞬、場が固まる。
「……え」
女子の声がわずかに揺れる。
七瀬は続ける。
「だから何?」
静か。
圧がないのに、逃げ道もない。
女子たちは一瞬黙って――
「……別に」
視線を逸らした。
「じゃあいいけど」
そう言って、去っていく。
足音だけが残る。
少しの沈黙。
「……今の」
神谷が言う。
「何」
「煽ってたろ」
「違うよ」
即答。
「事実言っただけ」
「一番強いやつじゃんそれ」
七瀬は肩をすくめる。
「でも面倒でしょ?」
「まあ……助かったけど」
神谷は視線を落とす。
「なんか、空気変だったな」
「嫉妬でしょ」
さらっと言う。
「嫉妬?」
神谷が顔を上げる。
七瀬は少しだけ横を見る。
「“なんであの人なの?”ってやつ」
淡々と。
「だって、神谷君、見た目だけなら普通だし」
「普通言うな」
「でも引き寄せられてるのはあなた」
「……」
神谷は頭を抱えた。
「それ厄介なやつじゃないか?」
「うん」
即答。
「だから面白い」
「楽しむな」
七瀬は少しだけ歩き出す。
「まあでも」
振り返らずに言う。
「そういうの増えるよ」
「何が」
「敵意とか」
軽い言い方。
でも内容は軽くない。
神谷は小さく息を吐く。
「……平和、どこ行った」
「最初からないでしょ」
「否定できないのが嫌だな」
歩きながら。
神谷はふと呟く。
「なあ」
「ん?」
「これさ」
「うん」
「本当に“彼氏設定”で収まるのか?」
七瀬は少しだけ間を置いて。
「さあね」
「君が危険な目にあったりしないかな」
「でも…そうなると面白いよね」
でもその横顔は――
少しだけ、いつもより真剣だった。




