第十四話:触れた瞬間、世界が戻る
「やだ。このお兄ちゃんと話す」
女の子は、まっすぐ神谷を見ていた。
ぶれない。
迷いもない。
ただ“引き寄せられている”だけの目。
(……止まらない)
神谷は小さく息を吐いた。
「ねえ」
七瀬が横に並ぶ。
少し低い声。
「これ、どうにかしないと警察沙汰になるよ?」
「助けてください」
「……そっか」
七瀬は女の子を見る。
じっと観察するように。
そして、小さく呟いた。
「じゃあ――」
七瀬は、神谷の手を――掴んだ。
「っ……!?」
そのまま、もう片方の手で女の子の肩に触れる。
三人が、繋がる形。
一瞬。
何も起きない。
――次の瞬間。
女の子の目が、揺れた。
「……あれ?」
声のトーンが変わる。
さっきまでの“まっすぐすぎる熱”が、消える。
「……え?」
視線が泳ぐ。
神谷を見る。
七瀬を見る。
周囲を見る。
「……ここ、どこ?」
明らかにおかしい。
さっきまでと、別人みたいに。
「え、なんで私……」
一歩、後ろに下がる。
距離を取る。
――正常な反応。
神谷は、息を呑んだ。
「……戻った?」
七瀬が小さく言う。
女の子は混乱したまま、きょろきょろしている。
「お母さん……?どこ?」
不安そうな声。
さっきまでの積極性は、欠片もない。
「迷子かも……」
完全に“普通”に戻っていた。
七瀬はゆっくり手を離す。
神谷の手も、自然と離れる。
一瞬だけ、空気が止まる。
女の子は遠くで「お母さーん!」と走っていく。
完全に、離脱している。
神谷はそれを見送って、
しばらく、沈黙。
神谷は、軽く息を吐いた。
「……助かった」
ぽつりと言った。
七瀬は少しだけ笑う。
「でしょ」
軽い声。
すぐに真顔に戻る。
「たださ」
「……」
「これ、“触れてる間だけ”だからね」
「……」
七瀬は神谷を見る。
「常に手つないどく?」
「やめて それでそれは恥ずかしい」
即答。
「えー、いいじゃん」
「よくない」
「命綱だよ?」
「その言い方やめて」
少しだけ、間。
七瀬はニヤッと笑う。
「でもさ」
「……」
「普通の男子なら、喜ぶシチュエーションじゃない?」
少しだけ楽しそうに言う。
「今、ちょっとドキッとしたでしょ」
「してない」
「嘘つけ」
即答。
神谷は視線を逸らした。
七瀬はそれを見て、くすっと笑う。
「ま、いいや」
一歩前に出る。
「とりあえず」
振り返って言う。
「女子小学生は危険だね 手を出したら犯罪だよ」
「……はい」
「……よかったよ」
不意に、七瀬がぽつりと呟いた。
「この街から、そういうのが出なくて
神谷は眉をわずかに動かす。
「そういうの?」
「……ほら、ロリコンの性犯罪者とか」
言い方は軽いが、声は少しだけ硬い。
七瀬は視線を逸らしたまま続ける。
「そういうの、いるとさ。空気が変になるじゃん」
「……はい」
神谷は短く返す。
「だから、よかったなって思って」
「……そうだ」
「なに?」
「約束」
七瀬が首をかしげる。
「なんかあったっけ」
「昨日」
少しだけ視線を逸らして言う。
「ジュース、奢るって言った」
一瞬の間。
「あー」
思い出した顔。
「言ってたね」
「行くか」
神谷は立ち上がる。
七瀬も続く。
「珍しいね、ちゃんと覚えてるんだ」
「一応な」
「へえ」
少し歩いて、自販機の前。
ずらっと並ぶ缶とペットボトル。
「どれ」
神谷が言う。
七瀬は少しだけ悩むふりをして――
「これ」
指差したのは、少し高めのやつ。
「遠慮しないな」
「奢りでしょ?」
「……まあいいけど」
神谷はボタンを押す。
ガコン。
取り出して、渡す。
「はい」
「どーも」
七瀬は受け取って、すぐに開ける。
一口。
「……うん」
満足そうに頷く。
その横で、神谷も適当に買う。
開けて、一口。
しばらく、無言で飲む。
――さっきのことを、どっちも言わない。
でも。
完全に無視もできない。
七瀬はストローをくわえたまま言う。
「さっきみたいに、また必要になったら」
ちらっと見る。
「手、貸してあげるよ」
軽い言い方。
でも――
ちゃんとした意味。
神谷は一瞬黙ってから、
「……助かる」
とだけ言った。
七瀬は小さく笑う。
「その代わり」
「……はい」
「ジュース追加ね」




