第十一話:名前のある異常
帰り道。
「……いや、普通に考えてさ」
七瀬は腕を組んで、少し呆れた顔をする。
「その能力、ヤバいでしょ」
「ヤバいっていうか……危ないですね」
神谷は即答した。
「違う違う、そういう意味じゃなくて」
七瀬は一歩近づく。
「だってさ、“見た目いい女が勝手に寄ってくる”んだよ?」
「……言い方」
「事実じゃん」
さらっと言い切る。
神谷は視線を逸らした。
「普通の男子なら喜ぶはずだよ、それ」
「……いや、無理です」
「なんで?」
「なんでって……」
言葉に詰まる。
「……これ、能力って呼んでいいんですかね」
神谷はぼそっと言った。
七瀬は少し考えてから、短く答える。
「呼ばない」
「え?」
「それ、“分類されてるやつ”」
神谷の足が止まる。
「……は?」
七瀬はポケットに手を入れたまま言う。
「モテモテ」
一拍。
「特級」
「……」
神谷の思考が止まる。
「現象コードみたいなもの」
「コード!?」
神谷は額を押さえる。
「……そもそも特級ってなんですか」
七瀬は淡々と答える。
「被害規模」
「物騒だなぁ」
「広域・持続・不可逆性の可能性あり」
「やめてください急に災害みたいな説明」
「あと」
「まだあるんですか」
「自己拡張」
「はいアウト」
即答。
少しの沈黙。
神谷は遠くを見る。
「……これ、就活詰んでません?」
「発想そこ?」
「いやだってこのままだと社会生活が」
七瀬はさらっと言う。
「ホストとか向いてるんじゃない?」
「雑!!!」
神谷は思わず振り向く。
「人生の進路をそのノリで決めないでください!」
「だって需要あるでしょ」
「需要しかないのが逆に怖いんですよ!」
「絶対No.1じゃん」
「ならないから」
「えー、もったいない」
「稼げるよ」
「倫理観どこいったんですか!?」
神谷はため息をついた。
「……あれ、“好かれてる”わけじゃない」
「え?」
「ただ、引き寄せてるだけ」
静かに言う。
「中身とか関係ない。意思も関係ない」
「……」
「……いやほんと笑えないんですけどこれ」
七瀬は少しだけ視線を向ける。
「中身は笑えないよ」
「ですよね……」
空気が少し戻る。
神谷は小さく息を吐く。
「……つまりこれ」
「うん」
「既存の現象で」
「うん」
「その中でも特級」
「うん」
「俺、かなりやばい側」
「かなり」
即答。
「優しさゼロか」
「事実だから」
そのとき。
神谷はふと思いつく。
「……逆にですけど」
「なに」
「これ制御できたら」
七瀬を見る。
「めちゃくちゃ有利じゃないですか?」
「どこで」
「いや人生的に」
七瀬は一瞬考えて。
「まあ」
「ですよね?」
「ただし」
指を一本立てる。
「一歩ミスると終わる」
「ハイリスクすぎる」
神谷は苦笑する。
「じゃあやっぱホストは無しで」
「逃げた」
「命優先です!」
七瀬は少しだけ笑う。
ほんの一瞬。
そのあと、いつもの無表情に戻る。
「でも珍しいと思うよ」
「何がですか」
「特級で“自覚して制御してる個体”」
「個体扱い定着しましたね」
「対象だから」
神谷は肩を落とす。
でも、さっきよりは落ち着いている。
「……まあ」
「なに」
「名前ついただけマシです」
「どこが」
「得体の知れないものじゃなくなった」
七瀬は少しだけ考える。
「まあね」
神谷は前を見る。
「モテモテ、特級か」
「軽く言うね」
「重く言うとメンタル持たないんで」
「それも正解」
少しの沈黙。
そのとき。
神谷は意識を落とす。
“中心”を外す。
――すっ
空気が静まる。
七瀬が小さく言う。
「それ」
「はい」
「かなり重要」
「切り替えですね」
「そう」
神谷は頷く。
「特級でも、それできるなら」
「なら?」
「ギリ管理可能」
「ギリかぁ……」
神谷は苦笑する。
「ブラック企業みたいな運用ですね」
「あなたがね」
「俺が!?」
そのとき。
神谷はふと呟く。
「……でもこれ」
「なに」
「完全制御できるんですかn」
七瀬は答えない。
ただ。
少しだけ真面目な声で言う。
「さあね」
でもその目は――
ほんの少しだけ、
“知っている側”だった。




