松山①
2029年10月9日
松山の朝は、心地よい秋晴れで始まった。
俺はエブリイの車内で大人しく待機するようボス、エルヴィス、こまの三匹に言い含め、鍵をしっかりロックして、伊予のシンボル「道後温泉」へと歩みを進めた。
明治の面影を残す見事な湯殿に身を沈める。じわりと肌に染み込んでくる名湯の温かさが、昨日までの長距離運転で凝り固まった55歳の身体を芯から解きほぐしていく。まさに至福の減価償却の時間だった。
湯上がり、火照った身体で街へ繰り出せば、やはり「坊っちゃん団子」は外せない。
緑、黄、茶の三色の愛らしい団子を買い求め、口に運ぶ。湯上がりの乾いた身体に、上品な餡の甘みが優しく染み渡る。そのまま団子を突きながら、ハイカラな松山市内の路面電車が行き交う街並みをブラブラと散策した。
「ただいま。ほら、お前たちにお土産だぞ」
ひと通り松山を堪能した俺は、道中で仕入れた愛媛名物の立派な「みかん」の袋を提げてエブリイへと戻った。
柑橘の爽やかな香りが車内に広がった瞬間、フロントシートから二つの激しい息遣いが響く。ボスとエルヴィスだ。すでに「ハァハァ」と口を開け、デニムマットにポタポタとよだれを垂らして俺の手元を凝視している。柑橘類の実(果肉)は、犬にとってもビタミン補給になる安全な食材だ。
しかし、ふと後ろを見ると、末っ子のこまだけは、みかんの酸っぱい匂いが気に食わないのか、「ふいっ」と露骨に横を向いて知らん顔をきめこんでいた。
「ははは、お前はみかん派じゃないか」
同じように育てても、食の好みは三者三様。そんな個性の違いがまた愛おしい。
欲しがった二匹にだけ甘い果肉を少しずつお裾分けし、サクサクとした咀嚼音を聞きながら、俺は助手席のガイドブックに目を落とした。
――明日は、あの山の上にそびえる松山城へ行ってみるか。
新しい相棒エブリイの車内は、みかんの甘酸っぱい香りと三匹の満足げな寝息に包まれ、松山の夜へと静かに更けていくのだった。




