井原〜総社
2029年10月7日
井原デニムでの補修工事を終えた俺たちは、さらに東へとエブリイを走らせ、総社市を抜けて備中高松へと向かった。
この地に来たからには、元経理マンとして、そして歴史を愛する者として外せない和菓子があった。豊臣秀吉の有名な戦術にちなんだ名物、「水攻め最中」である。
お目当ての和菓子屋に滑り込み、無事に最中の箱を仕入れる。
エブリイの頑丈なデニムマットの上に腰掛け、さっそく包みを開けると、案の定、後部座席から「ハァハァ」「フゴフゴ」と三つの熱い視線が一斉に突き刺さった。ボス、エルヴィス、こまの三匹が、文字通りよだれを限界まで蓄えてこちらを凝視している。
「おい、そう見るな。残念ながら、これは明確なコンプライアンス違反になるからあげられないんだ」
ブドウの時と同じく、砂糖がたっぷり詰まった餡を犬たちに与えるわけにはいかない。それはあいつらの健康の帳簿を著しく悪化させるリスク行為だ。
クゥーン、と悲しげな鼻鳴らしが響く前に、俺は指先で最中を器用に解体した。
「だが、これなら問題ない。現物出資だ」
俺が差し出したのは、香ばしく焼き上げられた最中の「皮」の部分だった。もち米だけで作られたこれなら、犬たちの身体にも100%安全である。
一切れずつ口元にかざしてやると、三匹は待ってましたとばかりに、サクサク、パリパリと小気味よい音を立てて美味そうに食らいついた。
あんこ抜きの皮だけでも、あいつらにとっては最高のごちそうらしい。満足げに口の周りを舐める弾丸たちを眺めながら、俺は残った濃厚な粒あんの本体を口に放り込んだ。
上品な甘さが、長距離運転で疲れた脳の血液に心地よく染み渡っていく。
新車のシートをデニムで武装し、甘味の監査も無事にクリア。
俺たちの「瀬戸内・周遊秋巡礼」は、三匹のサクサクという咀嚼音とともに、極めて健全な黒字経営のまま次なるルートへと舵を切るのだった。




