三次〜三良坂
二〇二九年十月五日
三次の静かなコインパーキングで夜を明かした俺たちは、朝の冷気を感じながらエブリイを南東へと走らせ、三良坂町へと入った。
ここでの狙いは明確だ。またしてもSNSのフォロワーから『三良坂に行くなら、絶対にピオーネを食べてください!』と熱い推奨を受けていた。
地元の直売所に滑り込み、無事に大粒の『三良坂ピオーネ』のパックを仕入れる。
車内に戻り、箱を開けた瞬間、エブリイの空間に秋の甘く瑞々しい香りがふわっと広がった。漆黒の宝石のように輝く大粒のブドウを前に、後部座席からは早くも「ハァハァ」という三つの荒い息遣いと、ポタポタと床マットに垂れるよだれの音が響く。
「待て。……おい、ちょっと待て」
念のため、スマホを開いて脳内監査室の最終チェックを敢行した俺は、画面に表示された警告文を見てパッと箸を止めた。
――【警告:犬にブドウは急性腎不全を引き起こすため絶対に与えないこと】
「駄目だ。これは明確なコンプライアンス違反になる」
厳しい口調で告げると、ボス、エルヴィス、こまの三匹は、一瞬で状況を察したように「クゥーン……」と情けない声を上げた。よほど食べたかったのか、不満げにふてくされながら、各自クッションの上で丸くなって完全に目を逸らしている。
「すまん、こればかりは譲れない。お前たちの命の帳簿に関わるからな」
心苦しさを覚えつつ、俺は極上のピオーネを独り占めで口に放り込んだ。歯を押し返す果肉から溢れる果汁の濃厚な甘みは、まさに一級品の資産価値があった。
夜。近くのコインパーキングに腰を落ち着け、エブリイでの本格的な車中泊の準備を整える。
広大なフラットスペースの俺の領域に、冬用のシュラフ(寝袋)を広げた。十月に入り、日中のうだるような暑さは完全に落ち着いたが、夜の山あいは予想以上に冷え込み、少し肌寒さを感じるほどだ。
シュラフに潜り込むと、さっきまでふてくされていたボスが足元に、エルヴィスとこまが俺の脇腹の左右に、それぞれぐいぐいと贅沢な巨体を押し込んできた。
ジムニーより遥かに広くなったはずの荷室なのに、結局俺たちは、以前と変わらない密度で一塊になっている。だが、三匹から伝わる「フゴフゴ」という規則正しい寝息と、じんわりとした天然の湯たんぽのようなぬくもりが、冷える車内にはたまらなく心地よかった。
――これくらいの肌寒さが、旅には丁度いいな。
新しい相棒の懐の深さを肌で感じながら、俺は深い眠りへと落ちていった。




