広島県呉市⑨
2029年9月2日
車屋での契約を終えた翌日、俺はリビングのソファで大きなため息をついていた。
店員に確認したところ、新しい相棒であるエブリイの納車には、どうしても一ヶ月ほど時間がかかるらしい。
「一ヶ月か……。その間、俺たちはどこへも行けないな」
手持ち無沙汰のまま、俺はこれまでの旅をずっと見守ってくれていたSNSのアカウントを開いた。画面に向かい、長年連れ添ったジムニーが突然の寿命を迎えたことを静かに書き込む。
投稿して間もなく、通知のバイブレーションが鳴り止まなくなった。
『安村さん、ジムニー本当にお疲れ様でした!』
『3匹を乗せてあちこち走る姿、大好きでした』
『寂しくなりますが、次の車での旅も待ってます!』
画面に溢れる無数の心配と労いのコメントを見つめているうちに、凍りついていた元経理マンの心が、じんわりと温められていくのを感じた。
「ウォォォォン……」
その時、静まり返っていた部屋に、突如として地響きのような遠吠えが響き渡った。
見れば、ボスが天を仰いで切なげに声を上げている。それに呼応するように、エルヴィスも、こまも、次々と声を重ねて遠吠えを始めた。
三匹の耳には、もうあの乗り慣れたジムニーの図太いエンジン音が届かない。いつも自分たちを最高の遊び場へと運んでくれた「あの青い鉄の箱」が、もう二度と駐車場に戻ってこないことを、あいつらは野生の勘で察しているのだろう。
それはまるで、数々の修羅場をともに潜り抜けた偉大な相棒への、あいつらなりの哀悼のサイレンのようだった。
「大丈夫だ。すぐ、もっと広いやつが来るからな」
俺は床に座り込み、寂しげに吠え続ける三匹の体を順番に強く抱きしめた。
一ヶ月の足止め(ウェイティング)。元経理マンの人生において、これほど長く感じる「利回りゼロの空白期間」は他にない。だが、SNSのフォロワーたちと、この健気な三匹がいる限り、俺たちの旅の火が消えることは絶対にない。




