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おっさんとフレブル  作者: 水前寺鯉太郎
第4部 北回り

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広島県呉市⑧

まだ厳しい残暑の照り返しが残る、広島県呉市。

 秋の気配を探しに、新しい旅へ出ようとマンションの駐車場へ降りた。俺がジムニーのイグニッションキーを回し、エンジンをかけようとした、その時である。

「――カカカカッ……」

 弱々しい音が響くだけで、一向に火が点る気配がない。

「え? 嘘だろ」

 嫌な汗が背中を伝う。何度スターターを回しても、愛着のあるあの図太いエンジン音は二度と響かなかった。

 ジムニーとも、もうおさらばか――。

 定年退職してからというもの、この小さな四駆は俺と三匹を乗せて、日本中の本当に色んな場所へと連れて行ってくれた。新見の険しい山道も、蒜山の泥道も、高梁の急勾配も、すべてこいつが支えてくれたのだ。

 すぐに業者を呼んで見てもらったが、返ってきたのは残酷な整備士の言葉だった。

「安村さん、こりゃあ走らせ過ぎですよ。もう寿命です。下取りに出して、新しいのに買い替えてくだせぇ……」

 愛車との突然の別れに胸が締め付けられたが、俺はすぐに頭の中の監査室を稼働させた。旅をここで終わらせるわけにはいかない。三匹はまだ、次の出発を部屋でウズウズしながら待っているのだ。

 俺は未練を断ち切るように、新しい「次の相棒」を探すべく、単身、呉の街にある車屋へと向かった。

 呉の街にある馴染みの自動車販売店に駆け込み、ショールームの椅子に腰を下ろす。俺の頭の中にあるのは、これまでの旅で感じていた「ある課題」だった。

「ジムニーは最高の相棒だったが、いかんせん三匹と寝るには窮屈だったからな……」

 助手席と後部座席をフラットにしても、ボス、エルヴィス、こまの巨体がひしめき合えば、俺の寝返るスペースなど一平米も残らない。せっかく新調するのなら、次はあいつらがのびのびと足を伸ばせる空間が欲しかった。

 応対してくれた店員にその条件を伝えると、ニヤリと笑って一台の車を提案された。

「安村さん、それなら絶対にこれです。スズキのエブリイ」

 案内された実車を見て、俺の目は釘付けになった。まさに「動く四角い箱」だ。無駄を極限まで削ぎ落としたスクエアな荷室は、シートを倒せば畳二畳分近いフラットな空間が広がる。これなら三匹がどれだけ寝相悪く転がろうが、俺の防衛ラインは余裕で死守できる。

 だが、問題は「決済」だ。

 見積書の数字を睨みつける。いくら軽自動車とはいえ、新車ともなればそれなりの額になる。せっかく手元に残した退職金という名の「原資」から、一括でこれだけデカい金額がキャッシュアウト(現金支出)していくのは、正直にいって身を切られるように痛い。

 しかし――俺はすぐにペンを走らせ、契約書にサインした。

「必要経費、いや、未来への先行投資だな」

 痛いのは確かだが、これは仕方のない出費だ。あいつらの喜ぶ顔と、これから始まる「瀬戸内・周遊秋巡礼」の快適さを考えれば、この投資は必ずやプライスレスな利回りとなって返ってくるはずだから。

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