高梁〜津山
二〇二九年七月十三日、午前
奇跡のような天空の城を拝ませてもらった高梁をあとにし、俺たちはジムニーをさらに東へと走らせた。目指すは岡山県北部の要衝、津山市だ。
津山――。一夜にして三十人もの命が奪われた、あの陰惨な歴史だ。職業病のようなものだろうが、重い足跡を残したその土地に対して、俺はどうしても特有の静けさを想像してしまうのだった。
だが、実際にジムニーが津山の市街地へと滑り込む頃には、時計の針はちょうど正午を指しており、腹の虫が歴史の感傷を吹き飛ばした。
コインパーキングに車を停め、俺はあらかじめ調べておいた店へと徒歩で向かう。ここ津山には、どうしても食べておきたい男のソウルフードがあった。
例によって大半の飲食店はペット同伴不可だ。ボス、エルヴィス、こまの三匹には、冷房を効かせた車内でお留守番を頼むことになる。
「すまんが、ちょっと行ってくる」
そう言い残して暖簾をくぐった店で注文したのは、名物の『津山ホルモンうどん』だ。
目の前の鉄板でじゅうじゅうと音を立てて焼き上げられるそれからは、五感を狂わせるような香ばしい匂いが立ち上っていた。ぷりぷりと脂の乗った新鮮な牛ホルモンに、秘伝のピリ辛で濃厚な味噌醤油ダレがこれでもかと絡みついている。コシのあるうどんがその旨味をすべて吸い上げ、口に運ぶたびにガツンとしたパンチが脳を揺さぶる。
「……これは、たまらんな」
三十人殺しの冷徹なイメージなどどこへやら、俺は夢中で鉄板の上のご馳走を胃袋へと掻き込んだ。
大満足で店を出て、コインパーキングのジムニーへと戻る。
ドアを開けた瞬間だった。
待ってましたとばかりに、エルヴィスとこまの二匹が文字通り弾丸のような勢いで俺の膝へと飛びついてきた。
「おい、やめろ、落ち着け」
二匹は俺の制止などどこ吹く風で、フガフガと鼻を鳴らしながら、俺の口の周りを狂ったようにベロベロと舐め回してくる。犬の並外れた嗅覚だ。タレとホルモンの強烈な匂いから、「おっちゃん、何自分だけ美味いもん食って帰ってきてんだ」と完全に察知している。容赦のない取り調べを受けている気分だった。
その様子を、シートの奥からボスが「やれやれ」と言わんばかりの冷ややかな目で見つめている。
「お前らには、あとでちゃんとおやつをやるから」
執拗なペロベロ攻撃からなんとか逃れながら、俺は苦笑交じりにジムニーのエンジンをかけた。口の中に残るホルモンの余韻を感じながら、俺たちは津山の次なる目的地へと向かって、ゆっくりと車を動かし始めた。




