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おっさんとフレブル  作者: 水前寺鯉太郎
第2部 東回り

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姫路〜神戸

2029年4月11日


 四月十一日の水曜日。ジムニーはさらに東へと進み、兵庫県が誇るモダンな港町、神戸へと滑り込んだ。

 三宮の喧騒を抜け、俺はレトロで巨大な赤いアーチが目を引く神戸大橋を渡った。目指すは海に浮かぶ人工島、ポートアイランドだ。島の北端にある公園にジムニーを停め、ボス、エルヴィス、こまの三匹を連れて防波堤沿いのプロムナードを散歩させる。

「フガァ……」

 三匹は揃って短い鼻を上向かせ、潮の香りを孕んだ心地よい海風を気持ちよさそうに吸い込んでいた。海越しに見上げる六甲山の山並みと、神戸の美しい街並みが、水曜日の柔らかな光の中に溶けている。誰も急かすもののない、贅沢な時間がそこにあった。

 ポートアイランドでの散歩を切り上げた俺は、再び橋を渡って神戸の市街地へと戻った。

 今日のお目当ては昼飯だ。SNSのフォロワーたちから「神戸に行くなら絶対にビフカツですよ」と熱烈に勧められていた暖簾をくぐる。もちろん、ここでも三匹には車内でお留守番を頼んだ。

「お待ち遠さま、ビフカツです」

 運ばれてきた皿の上で、美しいきつね色の衣をまとったカツが、深い漆黒のデミグラスソースを湛えていた。箸で持ち上げると、断面は綺麗なミディアムレアのピンク色だ。

 口に運ぶ。サクッとした軽快な歯触りのあと、信じられないほど柔らかい赤身肉からジューシーな肉汁が溢れ出した。そこに酸味とコクの効いた濃厚なソースが絡み合う。豚のカツとはまた違う、牛ならではの上品で力強い旨味が口いっぱいに広がり、俺は心の中でフォロワーたちに向かって深く感謝の拍手を送った。

 大満足で店を出たが、今回の旅路で三匹のカリカリとおやつが同時に底をつきかけていることを思い出した。俺はジムニーを走らせ、ポートエリアにある巨大なホームセンターの駐車場に滑り込んだ。

 ペットコーナーで大袋のドッグフードをカートに放り込み、ふとおやつ棚に目をやった俺は、思わず足を止めた。

『犬用・神戸牛および但馬牛使用 プレミアムビーフジャーキー』

 自分だけ美味いビフカツを食った後ろめたさもあったのだろう。気がつけば、俺はその少々値の張る袋を手に取り、レジへと向かっていた。

 ジムニーのドアを開け、助手席にドッグフードの袋を乗せる。そして、買ってきたばかりの高級ジャーキーの袋を開封した。

 その瞬間、車内の空気が一変した。

「ググッ!」「フガッ! フガフガッ!」

 パッケージから漂う本物の肉の香りに、三匹の野生の血が一瞬で沸騰したらしい。普段は冷静な長男坊のボスまでが目を血走らせ、エルヴィスとこまと共に、我先にと身を乗り出してきた。

「こら、順番だ。落ち着け」

 俺の制止など耳に入るはずもなかった。差し出した俺の指先から、三匹の狂暴なマズルが弾丸のような速さでジャーキーをぶんどっていく。フォーン、パイド、黒の三つの塊が、ハフハフと激しい音を立てて最高級の肉を貪る光景は、戦場そのものだったが、その必死な姿がまた狂おしいほどに愛おしかった。

 指先に残った肉の匂いを嗅ぎながら、俺は小さく笑ってジムニーのエンジンをかけた。

 犬も人間も、美味いものを食っていればそれだけで幸せになれる。至福の余韻に浸るバディたちを乗せ、ジムニーは夕暮れの神戸の街をあとに、さらに東のルートへと舵を切った。

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