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おっさんとフレブル  作者: 水前寺鯉太郎
第2部 東回り

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岡山〜姫路

2029年4月10日


 四月十日の火曜日。俺たちは岡山のインターから山陽自動車道へと滑り込み、一気に東へと針路を取った。

 退職金を積んだジムニーは、ギヤをトップに入れたまま快適にハイウェイを巡航する。県境を越えて播磨の平野へと入ると、車窓の向こうに、青空に翼を広げたような白亜の要塞――世界遺産・姫路城が見えてきた。

 姫路駅近くの駐車場に車を停め、俺たちはまずお城の足元へと向かった。

 天守閣の内部はさすがにペット不可だが、その手前に広がる広大な三の丸広場は、リードに繋げば最高の散歩コースになる。真っ白な城壁を仰ぎ見ながら三匹を歩かせていると、平日の昼下がりだというのに、遠足らしき家族連れや観光客にすぐに見つかった。

「あ、見て! ワンワンが三匹もいる! 写真撮ってもいいですか?」

 無邪気に駆け寄ってくる子どもたちと親御さんに、俺は「どうぞ」と静かに頷いて応じた。断る理由など、今の俺にはまったくなかった。

 それにしても、ボス、エルヴィス、こまの三匹は、どこに行っても一瞬で周囲を笑顔にする人気者だ。

 ――そういえば、言い忘れていたことがあった。

 第一部の孤独な旅の途中から、俺はスマホを片手に、不器用ながらSNSを始めていたのだ。愛車ジムニーの横で泥のように眠る三匹の姿や、各地のご当地グルメの写真を、日記代わりにひたすらタイムラインに流し続けていた。

 気づけばフォロワーの数はかなりの数字に膨れ上がっていた。かつて会社のデスクで伝票の数字だけを睨みつけ、画面の向こうの「人」を見ていなかった俺が、今では見知らぬ誰かからの温かいコメントや『いいね』に救われている。人との繋がりというものの本当の価値を、俺はこの歳になって、この旅を通じてつくづく思い知らされていた。

 お昼時、俺はスマホの画面を開き、フォロワーたちがリプライで口を揃えて薦めてくれた、姫路駅名物の「えきそば」の暖簾をくぐった。もちろん犬たちは車内でお留守番だ。

「お待ち遠さま」

 目の前に出された器を覗き込み、俺は少し首を傾げた。

 箸で手繰り寄せた麺は、紛れもない黄色い中華麺だ。だが、そこから立ち上る湯気は、キリッとした和風のうどん出汁の香りがする。不思議に思いながらズズッと音を立てて啜ってみた。

 ……美味い。実になんとも不思議な味だ。中華麺のシコシコとした食感と油分のコクが、あっさりとした和風出汁に驚くほど絶妙に調和している。上に乗った大判の天ぷらがスープを吸ってトトろけていくのも最高だった。画面の向こうの「仲間」たちの言葉を信じて大正解だったな、と俺は心の中で彼らに感謝した。

 夕方、そろそろタンクのガソリンが心許なくなってきたため、バイパス沿いのセルフスタンドに滑り込んだ。

 ノズルを差し込み、ガソリンが吸い込まれていく音を聴きながらバックミラーに目をやる。リアシートでは、お城の広場を全力で駆け回った鼻ぺちゃ軍団が、お互いに首を重ね合わせるようにして「フゴー……フゴー……」と大イビキをかいて爆睡していた。

 給油を終え、俺はマルボロの赤に火をつけた。

 確かな軍資金と、頼もしいバディ。そして、スマホの画面の向こうで俺たちの旅を見守ってくれる、たくさんの見知らぬ仲間たち。

 俺の新しい人生の帳簿は、また一つ、温かい無形の資産を書き加えた。紫煙を夜風に逃がしながら、俺はジムニーのギヤをドライブに入れ、さらに東のルートへと車を発進させた。

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