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おっさんとフレブル  作者: 水前寺鯉太郎
第2部 東回り

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倉敷〜岡山

2029年4月9日


 四月九日の月曜日。朝の倉敷市内のコンビニの駐車場で、俺はジムニーのボンネットに腰掛け、マルボロの赤に火をつけた。

 視線の先には、駅へと急ぐスーツ姿のサラリーマンたちの群れ。かつての俺も、あの終わりのない行進の歯車のひとつだった。毎月の数字に追われ、胃を痛めながら満員電車に揺られていた若い頃の記憶が、紫煙の向こうに淡く蘇る。だが、今の俺のポケットにあるのは、組織の看板ではなく、やり切った証である退職金と自由だけだ。

 吸い殻を携帯灰皿に仕舞い、俺はジムニーのエンジンをかけた。

 週明けの国道2号線は、通勤の車で激しく渋滞していた。ノロノロ運転の中、窓を全開にして朝の心地よい風を車内に引き込む。助手席のボス、リアシートのエルヴィスとこまが、待ってましたとばかりに窓から並んで顔を出し、耳をパタパタと風になびかせて満足そうに目を細めていた。そんな彼らの横顔を眺めながら走ること約二時間、ジムニーは岡山市の中心部へと滑り込んだ。

 岡山に来たからには、まずは岡山城だろう。

 隣接する名園・後楽園にも足を伸ばしたかったが、あいにくあちらはペット全面禁止の厳格なルールがある。俺は無理をせず、リードに繋いだ三匹を連れて、岡山城を仰ぎ見る烏城公園の美しい芝生広場をのんびりと散歩させることにした。

 黒漆塗りの美しい天守閣を背景に、フォーン、パイド、黒パグの三匹がフゴフゴと熱心に芝生の匂いを嗅いでいると、ベンチに腰掛けていた仲睦まじい老夫婦が、目を細めて話しかけてきた。

「この辺じゃ見かけないワンちゃんだね。旅の人かい?」

「ええ、そうです」

「まあ、遠くから。どこまで行くの?」

 俺は歩みを止め、三匹のリードを軽く握り直して答えた。

「ひたすら、東へ行きます」

「そう。いい出会いがあればいいわねえ。お気をつけて」

「ありがとうございます。お達者で」

 名前も知らない誰かと交わす、ほんの数十秒の温かい言葉のキャッチボール。これだから旅はやめられない。

 昼飯は、かねてから食ってみたかった岡山のソウルフード「デミカツ丼」の有名店を訪ねた。

 もちろん犬は同伴禁止だ。ジムニーの冷房を二十度に設定し、三匹に留守番を頼んで暖簾をくぐる。

 運ばれてきた一杯は、白米の上に千切りキャベツとカツが乗り、その上から濃厚なデミグラスソースが並々と注がれていた。カツを一口。甘みとコクのあるドロリとしたソースが、サクサクの衣と豚肉の旨味に絡みつき、白飯が猛烈に進む。洗練された洋食と、無骨などんぶり飯の見事な融合だった。

 大満足で店を出たが、自分だけ美味い肉を食ったのが少し後ろめたかった。俺は近くのスーパーに立ち寄り、惣菜のとんかつをパックで買い求めた。

 ジムニーに戻り、パックを開ける。もちろん、犬に油分の多い衣やソースは厳禁だ。俺はマイ箸を器用に使い、とんかつの衣を一枚一枚、綺麗に削ぎ落としてから、純粋な豚肉の身だけを小さくちぎって三匹の器へと分けてやった。

「フガフガッ!」「グフッ、グフッ!」

 待ちかねていた鼻ぺちゃ軍団は、凄まじい勢いでガツガツと肉の塊を平らげていく。

 空になった器を満足そうに舐め回す三匹の姿を確認し、俺は再びハンドルを握った。

 胃袋も、バディたちの腹も満ち足りた。さあ、次はどの街の風を吸いに行こうか。ジムニーは力強い排気音を響かせ、さらに先の東を目指して旭川を渡った。

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