福山〜倉敷
2029年4月8日
四月八日の日曜日。ジムニーは広島県を完全に脱出し、岡山県を代表する歴史の街、倉敷へと滑り込んだ。
目指すは白壁と柳並木が美しい美観地区だ。休日とあって周辺はかなりの混雑を見せていたが、運よく近くのコインパーキングに空きを見つけ、滑り込ませる。俺はボス、エルヴィス、こまの三匹をスリングに入れ、散歩がてら情緒ある掘割の通りへと歩を進めた。
歩いていると少し汗ばむ陽気になり、通り沿いの店で冷えたラムネを一本買い求めた。栓を押し込み、シュワリと泡立つ音が響いた瞬間、それを冷たい水だと勘違いしたこまが「フゴフゴッ!」と鼻息を荒くして、スリングから身を乗り出すようにねだってきた。
「こら、これはお前たちのじゃない。水はこっちだ」
俺は慌てて持参していた三匹用のミネラルウォーターを取り出した。ペットボトルの飲み口をまるで哺乳瓶のように優しく彼らの口元へ添え、ゆっくりと傾けてやる。よほど喉が渇いていたのか、ボスを筆頭に三匹ともピンク色の舌をパチパチと素早く動かし、一心不乱に水を舐めとっていった。その必死な顔を見ているだけで、こちらの喉の渇きまで癒えていくような気がする。
少し進むと、大正ロマンの風情を残す『廣榮堂 雄鶏店』の渋い佇まいが目に留まった。きびだんごの老舗だ。
店先で名物のきなこきびだんごを買い、一口。素朴な餅の食感とともに、きなこの上品な甘さが身体の疲れを芯から溶かしていく。ふと足元を見やれば、そこには滝のようなよだれを限界まで蓄えた三匹の鼻ぺちゃ軍団が、一歩も動かずに俺を凝視していた。
さながら現代の桃太郎だな、と一人で苦笑しながら、俺は表面のきなこを丁寧に指で払い、喉に詰まらせないよう小さく細かくちぎって、それぞれの口へと放り込んでやった。
「美味しいねえ、桃太郎さんですか?」
その光景を見ていた観光客の女性たちが、声を上げて笑った。「写真を撮ってもいいですか」と聞かれ、俺は三匹を抱え直してカメラに収まった。
ふと見ると、白壁の路地の向こうに、きらびやかな和装やアニメの衣装に身を包んだ若者たちが大勢集まっているのが見えた。どうやら日曜日の今日、このレトロな町並みを利用したコスプレのイベントでも開かれているらしい。
かつて四角い伝票の数字だけを信じ、組織の型からはみ出すことを恐れていた頃の俺なら、彼らの姿を眉をひそめて眺めていたかもしれない。だが、今の俺には分かる。何かになりきり、己の情熱のままに自分を表現する。それは決して、悪いことじゃない。
俺だって、今は「ただの犬好きの風来坊」になりきって、この新しい人生を生きている最中なのだから。
カメラを構えるレイヤーたちの活気ある声を背中で聴きながら、俺は心地よい満足感とともに、三匹を連れて再び東のルートへとジムニーの舵を切った。




