三原〜尾道
2029年4月5日
バイパスをひたすら東へ進むと、車窓の向こうに尾道の街並みが広がった。
尾道か――ここへ来るのは、一体いつぶりだろう。大学時代の友人たちと賑やかに旅行に訪れた、遠い記憶が夕暮れのオレンジ色の光と共にふっと蘇る。
確か、坂道の途中に古寺が点在していたっけな。それと、昔の授業で習った作家・林芙美子が青春時代を過ごした場所だという記憶。彼女の代表作『放浪記』を、今まさにこのジムニーでなぞっているのだと考えると、妙に感慨深いものがある。
今は四月上旬。満開の桜を期待したが、蕾はまだ固い。それでも尾道の街は、昔と少しも変わらない、潮の香りと古い木の匂いを残していた。
そして何より、相変わらずこの街は「猫の街」だった。
ジムニーの窓の外、路地の物陰や階段の上から、いくつもの丸い瞳がこちらをじっと見つめている。俺たちの旅の気配を、鋭い猫たちが嗅ぎつけているのだ。
ふと、助手席へ視線をやる。
長男坊のボスは、あの過酷な旅をくぐり抜けてきた経験値があるから、猫を見ても「ふん」と大物らしく鼻を鳴らすだけで済むだろう。だが、心配なのは新入りの若造どもだ。
初めて目にする「尾道の猫たち」の数に、エルヴィスとこまが驚いて車内で「フゴフゴ祭り」を始めないか。今からちょっとしたハラハラを抱えながら、俺はジムニーの速度を落とす。
今夜は、この坂道の街のどこかで、三匹と静かに夜を明かそう。
エンジン音を控えめに、路地裏の静寂の中にジムニーを滑り込ませた。俺たちの『放浪記』、尾道編の幕開けだ。




