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おっさんとフレブル  作者: 水前寺鯉太郎
第1部 いい日旅立ち・西へ

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岩国〜呉

2027年4月26日


 四月二十六日。

 岩国の街に別れを告げ、ジムニーを走らせることしばらく。

 フロントガラスの向こうに、見慣れた、けれど旅に出る前とは全く違って見える、造船の街・呉の港と街並みが広がった。

 一ヶ月前、無断欠勤のまま衝動的に飛び出し、あてもなく西へと走り続けた長い放浪の旅が、ついに終わったのだ。

 琴音と離婚し、人生のすべてを失って一人ぼっちになったと思っていた。けれど、静まり返った自宅の鍵を開け、冷え切っていた部屋の灯りをつけたとき、不思議と寂しさは微塵も感じなかった。

「フゴッ」

 足元で、旅用のスリングから降りたボスが、我が家に帰ってきた安心感からか、俺のすねに力強く体をすり寄せてくる。

 そう、俺にはボスがいる。

 この不器用で、食いしん坊で、世界一愛おしいフォーン色の相棒が、旅の間のどんな暗闇でも、どんな冷気の中でも、俺の隣で確かな温もりを分け合ってくれた。こいつがいてくれたから、俺はもう一度、自分の足で立って、前を向いて生きる勇気をもらえたのだ。

 床に腰を下ろし、愛おしい相棒の頭を優しく撫でる。手のひらから、ボスの命の鼓動が伝わってくる。その瞬間、俺の胸の中に、これまでにないほど温かく、前向きな感情が溢れてくるのを感じていた。

 ボスと過ごす日々が、あまりにも愛おしすぎて――もう一匹、この小さな家族を迎え入れたい。

 生きることから逃げていた男の心に、自然と、そんな眩しい未来への希望が湧き上がっていた。

「明日、ちょっと出かけてみるか、ボス」

 そう心に決めた俺の顔には、かつて会社の檻で絶望に怯えていた面影はどこにもなかった。

 木陰ではなく、我が家の窓を開けて、呉の潮風を感じながら赤のマルボロに火をつける。紫煙の向こうで、ボスが再び心地よさそうに小さな小さくいびきをかき始めた。

 俺たちの、本当の『新しい日常』の幕が、今静かに上がろうとしていた。


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