下関〜角島灯台〜萩
2027年4月22日
四月二十二日、午前。下関の根城を出発した俺は、ジムニーの鼻先を北へと向けた。向かうのは、ずっと一度はこの目で見てみたいと願っていた、角島だ。
視界が開けた瞬間、言葉を失った。そこには、日本海とは思えないほど澄み切ったエメラルドグリーンの海を一本の白い線となってまたぐ、長く美しい橋が延びていた。
窓を全開にして角島大橋を渡る。少し強めの潮風が、俺と、助手席で身を乗り出すボスの顔を優しく撫でて通り過ぎていった。岬の先端に佇む総石造りの角島灯台を見上げ、俺は短く息を吐く。
「いいところだな、ボス」
フゴッと短く応える相棒を連れて、午後には長州の古都・萩の街へと入った。
指月山を背に静かに佇む萩城跡の城下町を歩き、それから、歴史の教科書で何度も目にした『松下村塾』へと足を運んだ。
吉田松陰が若者たちを集めて日本の未来を熱く語り合ったという、思いのほか小さな、八畳と十畳半の平屋の建物。かつてここを巣立った高杉晋作や久坂玄瑞といった志士たちは、命を懸けて新しい時代を切り拓いていったのだ。
ひるがえって、五十三歳になった今の自分を見る。
会社を突発的に無断欠勤し、壊れた心のまま、現実から逃げるように始めた旅だった。けれど、九州を泥臭く一周し、たくさんの景色をボスと見て回るうちに、俺の心の中の帳簿にも、いつしか「新しい人生を生き直す」という小さな灯火が灯り始めていた。
古い塾舎を見つめながら、俺は足元にいる相棒の頭を優しく撫でた。
俺の、この小さな人生の革命の隣には、いつもお前がいてくれる。
木陰で携帯灰皿を開け、赤のマルボロに火をつけた。紫煙の向こうに広がる長州の柔らかな春の夕暮れが、不思議と、涙が出るほど愛おしく感じられた。




