霧島市②
2027年4月18日
四月十八日の朝。俺は一睡もできず、生きた心地がしないまま、ホテルの朝食会場にいた。ボスは客室でお留守番だ。一人でいると、昨夜からの不安が容赦なく押し寄せてくる。
朝食バイキングのトレイを持つ手が、わずかに震えてカチカチと音を立てた。
数テーブル挟んだ向こう側に、あの見紛うはずもない琴音の後ろ姿があった。
心臓が痛いほど脈打つ。声を出すな、こっちを見るな。祈るような気持ちで、ただ俯いて自分の気配を消し続けた。今の俺には、裏切った彼女を責める勇気も、現在の自分を誇る自信もない。ただ「何事もなくこの場が終わってほしい」、その一念だけが頭を支配していた。
やがて琴音は静かに立ち上がり、こちらに視線を向けることなく会場を後にした。彼女の足音が遠ざかるのを、皿の上の冷え切ったウインナーを見つめながら聞いていた。
這い出るように喫煙所へと向かう。胸ポケットから赤のマルボロを取り出して火をつけ、深く肺に煙を吸い込んだ。毒を以て毒を制するように、ニコチンが狂いかけた自律神経を無理やり落ち着かせていく。
ようやく生きた心地を取り戻した俺は、部屋へ戻ると泥棒のように荷物をまとめ、そそくさとチェックアウトを済ませた。ジムニーに滑り込み、鍵を回してアクセルを強く踏み込む。
「乗り切った……乗り切ったぞ、ボス……」
助手席のボスに声をかけると、こいつは緊張の解けた俺の顔を不思議そうに見つめ、それから小さく鼻を鳴らした。
最悪の再会を果たさずに済んだ。その事実だけで、背中に張り付いていた冷や汗が、すうっと引いていくようだった。




