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おっさんとフレブル  作者: 水前寺鯉太郎
第1部 いい日旅立ち・西へ

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島原〜熊本

2027年4月15日


 四月十五日。

 この日は、俺の五十三回目の誕生日だった。

 朝、島原の港を出た俺とボスは、ジムニーごと有明海を渡るフェリーに乗り込んだ。

 ボスをスリングに抱き抱え、客室の外のデッキで潮風を浴びる。穏やかな有明海の向こうに、だんだんと熊本の陸地が近づいてくるのを見つめながら、俺はまた一つ、自分が歳を重ねたことを静かに噛み締めていた。

 昼前に熊本へと上陸し、午後はジムニーで市内をゆっくりと観光した。

 震災の傷跡を残しながらも、雄々しく復興へ向かう熊本城の石垣を見上げていると、なんだか自分もまだ、終わったわけではないような、不思議な勇気をもらえる気がした。

 夜、街を散歩させながら、運よく見つけたペット同伴可能な居酒屋の暖簾をくぐる。

 自分へのささやかな誕生祝いとして、熊本名物の馬刺しと、濃厚な熊本ラーメンを注文した。運ばれてきた見事な霜降りの馬刺しを前に、足元のボスが「俺にもくれ」と、これまでになく熱い羨望の目を向けてくる。

「これはお前の分じゃない。諦めろ」

 そう言い聞かせて苦笑していると、注文を取ってくれた粋な店主が、小さな皿を運んできてくれた。

「お客さん、今日誕生日ね? これ、うちからのサービス。犬用の味付けしてない馬肉ユッケ。ワンちゃんにどうぞ」

 皿が床に置かれた瞬間、ボスは弾かれたように無我夢中で食いついた。フゴフゴと鼻を鳴らし、一切れの肉も残さじと皿まで舐め回す勢いだ。

 新鮮な馬刺しを口に運び、冷えたビールで流し込む。

 二十五年連れ添った妻の琴音に離婚され、一時はすべてを失ったと思った。

 けれど、温かいラーメンの湯気の向こうで、美味そうに肉を頬張る相棒の姿がある。

 ――まぁ、いいか。今は、こいつがいればそれでいい。

 五十三歳の不器用な誕生日の夜は、熊本の街の優しさに包まれて、静かに更けていった。

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