唐津〜嬉野温泉
2027年4月11日
唐津を後にした俺たちは、山あいの温泉街、嬉野へと辿り着いた。
実は、俺にはささやかな趣味がある。毎晩、食後に熱い緑茶を淹れて飲むことだ。琴音が家を出てからは急須に触ることすら忘れていたが、本場で売られている嬉野茶の深い緑色を見ているうちに、無性にあの青い苦味が恋しくなった。
ボスに車で留守番を頼み、自分のためだけに小さな袋の茶葉を買い求めた。
お茶を仕込んだあと、少し贅沢をしたくなってペット同伴可の温泉宿を探した。運よく直前で一部屋だけ空きを見つけ、思い切ってチェックインする。案内された部屋には、専用の客室風呂がついていた。
さすがに犬をそのまま湯船に入れるわけにはいかないので、まずはシャワーでボスの手足を洗ってやる。お湯の温かさが気に入ったのか、ボスはフゴーと鼻を鳴らしながら、気持ちよさそうに目を細めていた。
相棒を脱衣所で休ませ、今度は俺が湯船に身を沈める。
「日本三大美肌の湯」と称される嬉野の湯は、驚くほどとろりとしていて、まるで化粧水のようだった。
広島を出てから、ずっと張り詰めていた。
けれど、温かい湯気の中で、脱衣所から聞こえるボスの健やかな寝息に耳を澄ませていると、張り裂けそうだった心の角が、ゆっくりと丸く削られていくような気がした。




