王との謁見
次の日。
俺たちは馬車に揺られて王都へと向かっていた。
夜中にベッドを抜け出した罰として、馬車の中ではリリアとソフィがずっとくっついたままである。
「さすがに暑くな――」
離れる口実を作ろうとするが、その瞬間に二人は強く握りしめ、潤んだ目を向けてくる。
「暑くないな。肌寒いくらいだ」
女性に強く言い出せない童貞の自分を恨みたい。
二人は満足げに思う存分身体を押しつけてくる。
助けを求めるようにマルスに視線を向ける。
ただ、マルスは笑顔を返してくれるだけ。
王都にたどり着くまでの辛抱だと現状に甘んじることになった。
ずっと顔を赤く染め、身を縮こませていたのは仕方ない反応だろう。
◇◇◇
ようやく王都へたどり着く。
本当に二人は一切離れてくれず、トイレすらも付いてこようとする始末だった。
――はぁ……、ようやく解放されるのか……。
さすがにこの二人も人通りが多いであろう王都だと適切な距離を取ってくれると思う。
そう思っていたのだが――。
「カイルくん、見て見て!」
リリアがいつも以上に身体を押しつけて外を指差してくる。
王都の綺麗に整えられた石畳の両側にはなぜか綺麗に住人たちが並び、手を振っていたり、感涙の涙を流していた。
聖女と賢者の凱旋だもんな。
一目見ようと人が押しかけてくるのはおかしいことではないか。
リリアが促してくるので、俺も真似をするように手を振る。
そこで一段高く歓声が上がる。
「えへへっ、みんな英雄の凱旋を一目見たいんだよ」
リリアは嬉しそうに笑みを浮かべながら俺を見てくる。
その瞳には涙が浮かんでいた。
「まったく俗な奴らばかりじゃ」
「そう言うなよ。わざわざ見に来てくれてるんだから、手くらい振ってもいいじゃないか」
「そ、そうじゃな。カイルが言うなら……。うん、少しだけじゃぞ」
あまり乗り気じゃなかったソフィも町人たちへ向けて手を振り始める。
恥ずかしそうに照れている様子だが、なぜかずっと俺の腕は掴んだままである。
俺としてはそっちの方が恥ずかしいのだが。
◇◇◇
結局馬車を降りることなく、王城の前までたどり着いてしまった。
リリアたちの人気がすごかったので、下手に降りると危険まであったので仕方ない。
――あとから一人で見て回ろう。
王城の前でもたくさんの人たちが集まっていた。
鎧を着ている人間が多数いることから兵士が集まっているのだとわかる。
ただ、その中心に壮年の男性とドレスを着た少女がいた。
少女は目を潤ませながら口元を押させている。
壮年の男性はさすがに涙は流していなかったが、口元を震わせていた。
「まさか国王様まで出迎えに出てくるなんてな」
マルスが驚きの声を上げていた。
そこでこの人が国王であることを知る。
「それだけカイルくんの転生をみんなが望んでいたんだよ」
リリアが嬉しそうに笑みを浮かべる。
いや、流石に俺というよりもリリアたちを出迎えに来たんじゃないのか?
「行くよ、カイルくん」
リリアに促され、考え事をしている途中で馬車から降りることとなる。
普通なら男の方が馬車の外から手を差し出して降ろしてあげるところなのだが、なぜかリリアが先に外に出て、俺に対して手を差し出していた。
――まるで俺が姫扱いされていないか?
しかし、馬車に乗り慣れていないのだから、これは助かったのも事実。
「ありがとう、助かるよ」
「えへへっ、気にしなくて良いよ」
素直にお礼を言うとリリアは嬉しそうに微笑んでいた。
そして、壮年の男性の前へと歩いて行く。
俺たちが通った際に兵士たちが頭を下げていたのが凄く気になるが、一旦目を瞑る。
一応国王の前なのだから頭を下げた方がいいのかと迷っていると、逆に国王が俺の手を掴んでくる。
「よくぞ戻ってきてくれた。勇者よ」
「……勇者?」
国王の言葉に思わず首を傾げる。
しかし、それ以上のことは誰も触れてこない。
まるで当たり前かのように。
そう、まるで俺が勇者だとでも言いたげに……。
「カイル様、よくぞお戻りくださいました。ミーナはカイル様が無事ご帰還されることを心よりお祈りいたしておりました」
「えっと……」
頬を紅潮させ、潤んだ瞳で俺の両手を掴んでくるミーナという少女。
金色の長い髪と白いドレスを着ており、とても高貴な印象を受ける。
この少女はおそらく王女なのだろう。
しかも、相手はあきらかに俺のことを知っていて、ここに来るのを待ち望んでいた様子だ。
――ただの社畜の俺を?
いや、むしろ待つとしたら勇者だろう。
そこまで材料が揃うといくら俺でもなんとなく気付いてしまう。
そもそもこの展開も転生ものではよくある。
誰かの意識に憑依する形での転生。
思えば死ぬ前に「器に……」云々の話があった。
あれが、この体に憑依しますかってことだったのかもしれない。
そして、国王たちの反応を見る限りこの器の持ち主は勇者、なのだろう。
しかし、俺は勇者ではない。
勇気とは無縁の、言われたことをただやるだけの社畜でしかない。
高すぎる期待は重荷でしかないのだ。
全てを気付いてしまったが、ここまでされて今更人違いです、なんて言えるはずもない。
返事に困って言い淀んでしまう。
「その……俺は――」
「えぇ、事情はすでにお聞きしております。何も心配しないでください。あなた様の今後の生活は国が保証いたしますから」
――むしろしっかりと事情を聞いて欲しいのだけど……。
しかし、相手はこの国で一番偉い国王とその娘である王女。
下手に口出しをすることは無礼に当たるし、そもそも俺が勇者でないと知られると、その瞬間に罪に問われる可能性すらある。
この場を無難にやり過ごすには頷くより他なかった。
「本当に何も心配しなくてもいいのですよ。私があなた様をお守りいたしますから」
「そうじゃな。そなたが望めばミーナとの婚約を認めるのもやぶさかではない。儂も優秀な後継者を得ることができるのでな」
「もう、お父様ったら。カイル様を困らせてはいけませんわよ。お戻りになられてすぐに国の重圧を背負わせるなんて、さすがに酷いですわ」
「……わかっておる。しかし、なにも渡さないというのはさすがに礼を欠いておるからな」
勇者が魔王を倒した話はリリアに聞いている。
それだけの事を成し遂げた英雄なら王女との結婚はありえる話だし、国王としても満更ではない理由もわかる。
ただ偽者である俺からしたら、それは願い下げだった。
いつボロが出るとも限らない。
社畜人生のほうがまだマシなくらいに、常に緊張しっぱなしの窮屈な生活を送るハメになるだろう。
ただ、そこで俺はマルスと話したことを思い出す。
相手としては何かの褒賞を渡さないといけない。
世界を救ってくれた勇者が相手なのだから、何もしなければそれは周りから非難されてしまうのだから。
褒賞が少なすぎても同じ事。
ただ、もらいすぎも良くない。
なにせ俺は本物の勇者ではないのだから。
妥当な落としどころは適当に低い爵位と田舎の領地をもらってのんびりと過ごすこと、か。
先にマルスと話をしておいてよかった。
爵位と領地さえもらえば誰も文句は言わないはずだから。
「俺……、いえ、私はその……、騎士爵でももらって田舎でのんびりと――」
「なんとっ!? まさか騎士として争いが絶えない辺境を守ってくれるというのか!?」
「カイル様……。それほどこの国のために……」
目を大きく見開く国王と涙を浮かべるミーナ。
――あれっ? なんだか逆効果だ……。
「いえ、危険な所じゃなくて、その平和的に……」
「なるほど、そこまで世界を平和にしようとしてくれる其方の意思を尊重しよう。勇者カイル・アストレアには東の辺境を任せたい。辺境を守る伯爵としてこれからも力を貸してくれ」
その瞬間に両腕を強く掴まれる。
リリアとソフィだった。
おそらく俺をそんな危険なところへ行かせないようにフォローしてくれるのだろう。
安心して二人を見た瞬間に小さく悲鳴をあげてしまう。
「ひぃっ」
リリアはまるで氷のように冷たい視線を国王たちに向けている。
もはや敵として認識していそうなほどだ。
ソフィはもっと大変で溢れんばかりの魔力が火花を散らしている。
いつ爆発(物理)を起こしてもおかしくない。
助けを求めるようにマルスを見る。
彼は笑顔で事の成り行きを見守っている。
いや、よく見ると言葉を発せずに何か伝えようとしていた。
――殺るか?
全然冷静じゃなかった!?
よく見ると剣に手を添えているし!?
みんな俺が嫌そうにしているから、なんとかしようとしてくれてるんだよな。そ、それなら――。
「よ、喜んで拝命させていただきます!」
心の中で泣きながらも笑顔で頷く。
俺が嫌がっていないことに気づいた三人はようやく殺気を引っ込めてくれるのだった――。
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