賢者ソフィ
「こんなものか……」
食堂の掃除が終わる。
ただ作業的な掃除と違い、自主的にリリアへの感謝も込めてやる掃除は妙に楽しく、ついつい力が入ってしまう。
「喜んでくれるといいな」
満足して掃除道具を片付けていると、奥に厨房があることに気づく。
――そういえばここまで何も食ってないよな?
それはリリアも同じだろうし、簡単に料理をすることに。
現代のキッチンと違うため、ちゃんと使えるか具合を確かめる。
――火は……火打石を使うのか。あまり慣れてないけど、出来なくはなさそうだ。
実際に火がつくのを確かめたあと、俺はなるべく早く使った方が良い食材を見定めて料理を作り始める。
ただ、所詮は男の手料理。
あるものを炒めるか揚げるかくらいのことしかできない。
それでも、転生前を含めても何年ぶりだろうといえる暖かい料理が出来上がる。
野菜炒めやパン、ベーコンなんかを適当な皿に盛り付けただけ。
「まぁ、こんなものだな。食えるものにはなってるよな」
試食をして満足げに頷く。
すると、その瞬間に食堂から大きな音が鳴る。
何か重たいものが壁にぶつかったような……。
――も、もしかして魔王とかが襲ってきたのか!?
ここが元々最前線だったことを聞いていたために思わず身構えてしまう。
何となしにフライパンを手に取り、恐る恐る聞き耳を立てる。
「な、なんだこの綺麗な部屋は!? まさかカイルが命と引き換えにやったのか!? くそっ、やっぱり目を離すんじゃなかった……」
「妾が魔法なんて教えたばかりにカイルは……」
「嘘……、ど、どこ行ったの。嫌だよ、ずっと一緒って言ったのに……」
三人の声が聞こえてくる。
そのうちの一人は聞き覚えのある声で俺はホッとして顔を出す。
「リリア、こっちだ。飯を作ったぞ」
扉から顔を覗かせ、笑顔で手を振るとリリアは目に涙を溜めて飛びついてくる。
「わっ……と」
「もう、どこにも行かないでって言ったでしょ。すごく心配したんだからね」
色々と柔らかいものが当たってきて、俺は反応に困ってしまう。
「ちょっと料理を作っていただけだ。それよりあの人たちは誰なんだ? ……って、な、何で他の奴も泣いてるんだ!? わ、悪かったよ。そろそろお昼時だから待ってる間に飯を作ろうとしただけなんだ……」
黒ローブを着て、とんがり帽子を被っている幼女が溢れんばかりに涙を流し、リリアと同じように俺の足にしがみついて来る。
もう一人、俺よりガタイのいい男性は流石に飛びついて泣いてくるということはなかったが、背を向けて腕で目を拭っていた。
「もう勝手にどこかへ行かないでよね。約束だからね」
流石にここまで心配をかけてしまっては罪悪感で、俺も申し訳なくなり、頭を下げて謝る。
「すまなかった」
何とかこの空気を変えたくて、俺は周りを見る。
机の上には先ほど作った料理が置かれてる。
「そ、それよりほらっ、せっかくだから料理を食おう。冷めちまうぞ」
しがみついている二人を離そうにも、強く掴まれているために、仕方なくそのまま引きずりながら皿を手にする。
「……この料理、どうしたの? まさかカイルくんが作ったなんてことは――」
「もちろん俺が作ったぞ。だから味の保証はあまりできないが……」
ただ、リリアは料理を見ようとせず、むしろ俺の手を見ていた。
「そ、それよりも怪我してない!? 料理なんて危険なことは私たちに任せてくれたらいいのに」
「料理って言っても簡単なものだけだぞ? あるものを切って焼いただけだ」
「そ、それでも……」
「それにそっちの子は腹減ってるんじゃないか? お腹の虫が鳴いてるぞ」
リリアと違い、幼女の相手をするのは自然体でできる。
よく従姉妹とかを見ていたからだろうか。
今頃になって空腹に気づいたのか、幼女は顔を赤く染めてお腹を押さえていた。
「ほらっ、食うか?」
幼女に野菜炒めを食べさせる。
すると、目を大きく見開き、涙を流しながら、食べる。
ようやく飲み込むと、俺の目を見て言ってくる。
「すごく美味しかった……のじゃ」
「おう、まだまだあるぞ。もっと食え」
恥ずかしそうに深々と帽子を被る幼女。
再び俺の方を向いて、口を開けていた。
――あれっ? これってずっと俺が食べさせるのか?
◇◆◇
賢者ソフィはずっと悔やんでいた。
勇者カイルに転生魔法のことを教えたのはソフィだった。
もちろん、ソフィ自身使える魔法ではないし、あくまでも話題のネタの一つ。
神話級魔法にはそういったものがあるって教えただけなのだ。
それなのにカイルのやつは、「俺は必ず戻ってくる」なんて言って自らの命と引き換えに魔王を倒していた。
転生魔法に賭けていたのだろう。
聖剣の持ち主なら神話級魔法を使えることもあるらしいから。
妾が教えたからあやつはそんな無謀な賭けに出てしまったのじゃ。もし知らなかったら、妾たちも共に戦っておったじゃろう。
その際に満身創痍になるかもしれない。
五体満足にいられないかもしれない。
それでも、あやつ一人だけで逝くよりもずっと良かった。
妾も共に逝きたかった。
そうすればあやつだけで寂しい思いをさせることはなかったのだから……。
カイルが命を落としてからはずっとそのことが呪いのように繰り返され、食事が喉を通らなかった。
何度も命を落とすことを考えた。
しかし、繰り返されるのはカイルの最後の言葉。
『俺は必ず戻ってくる』
ありえないことは最も魔法に精通している賢者であるソフィが一番よくわかっていた。
それでもその言葉に縋らずにはいられなかったのだ。
そんなある日、突然仲間である聖女リリアが告げる。
「カイルくんが戻ってきた」と。
しかし、何もなければそのまま部屋に来るはず。
つまり、幻惑でも見たのか、それとも……。
食堂に来た時、カイルの姿が見えなかった時は「やっぱりか」という気持ちもあった。
もちろん信じたい気持ちもあったのだが――。
ただ、すぐに胸を締め付ける声が聞こえてくる。
「リリア、こっちだ」
その声は間違いなくカイルのものだった。
何年も共にしてきて、また聞きたいと願った声。
ただすぐにカイルの言葉に再度絶望する。
「あの人たちは誰なんだ?」
その言葉を聞いた瞬間にソフィの動きが固まる。
カイルは記憶を失っていたのだ。
その可能性を最初から示唆されていたとしても、実際に目の当たりにすると衝撃的だった。
転生魔法は体の元となる器に新しい魂を加えることで、新たな生を産み出す魔法。
器も魂も同じなんて奇跡はまず起こらない。
むしろ失敗してどちらも消え去るということの方が多いと文献で読んだことがある。
おそらくカイルの場合は魂の消耗が激しすぎて、別の魂を加えることとなったのだろう。
ただそれでも……。
記憶がなくなったとしても……。
やはりカイルが戻ってきてくれたことが何よりも嬉しかった。
たとえ記憶がなくなったとしても……。
少しだけ安心できると体が食事を求めてくる。
今まであれほど食欲がなかったにも関わらず、体は現金なものだ。
すると、カイルが皿とソフィを見比べて言ってくる。
「ほらっ、食うか?」
さりげない優しさ。
それは紛うことなきカイルらしい行動で、ソフィは泣かずにはいられなかった。
それでもカイルの優しさを無碍にすることもできなかった。
カイルからもらった料理。
ただの野菜炒めであるはずが、今まで食べた中で一番美味しかった。
絶望に打ちひしがれていた時は料理の味なんてしなかったのに。
そこで再び涙が流れる。
記憶を失ってもカイルはやはりカイルのままじゃった。
それならここまで妾たちを心配させた罰じゃ。
少しくらい甘えさせてもらっても良いじゃろう。
自分で食べられるにも関わらず、口を開けてカイルが入れてくれるのを待つ。
するとやはりカイルは呆れ顔になりながらも料理を口へと運んでくれる。
確かに記憶含め、色々と違う部分はあるのかもしれない。
それでも確かにカイルの中にカイルを見つけたのじゃ。
彼は約束を守ってくれた。
それならば妾は……。
もう二度とカイルを失わない。
カイルらしくいられるように、妾の全てを使ってでも、彼を守るのじゃ。
「とっても美味いのじゃ。これからずっと食べたいのじゃ」
暗い闇より深い目を見せながら、ソフィの口元だけは笑みを浮かべていた。
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