パーティメンバー
体感温度が急に下がったのか、背筋が震える。
――何か間違ったことでも言ってしまったのだろうか?
ただ、名前を聞いただけなのに。
――もしかするとこの世界では名前に重要な意味があって、人にあまり教えない方がいいのか? いや、それなら俺の名前を言ってきた理由がわからない。
考え事をしようにも情報がなさ過ぎて結論が出ない。
すると、少女が少し低い声で言う。
「そっか、転生するために色々と犠牲にしたんだね。記憶も――」
少女はゆっくり笑顔のまま近づいてきて、そのまま再び抱きしめてくる。
顔を覆う柔らかい二つの感触に俺の顔は真っ赤に染まる。
「なっ!?」
「大丈夫、カイルくんは何も心配しなくていいからね。私が色々と教えてあげるよ」
「そ、そうか。た、助かる……」
すぐに離れて笑顔を見せてくれる。
ただ、何だろう。笑顔は笑顔なんだけど、なんでここまで怖いのだろうか。
いや、彼女は親切に言ってくれているだけだ。怖がるのは失礼極まりない。
「そういえば、私のことだね。私はリリア。聖女リリアだよ」
――聖女!? そんなに凄い子だったのか。
聖女様がわざわざ俺のためにここまでのことをしてくれたのに、なんてことを――。
釣られるように俺も頭を下げる。
「俺は――」
「カイルくんだよね。もちろんよく知ってるよ」
「えっと、あぁ、そうだな……、うん」
むしろ俺の方が教えてもらわないといけないのかもしれない。
――自分のことなのに……。
「ありがとう、リリア。これからも迷惑を掛けるかもしれんがよろしく頼む」
「迷惑だなんて。カイルくんが生きててくれただけで私はもう幸せなんだから。だからカイルくんが元の生活を送れるようになるまで、付きっきりで私がお世話してあげるね」
笑顔なのだが、瞳の奥が笑っていない。
おそらく甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれるのもなにか理由があるのだろう。
ただ、これ以上踏み込むことは会ったばかりの俺には難易度が高すぎた。
俺が頷いたのを見るとリリアは笑顔で両手を合わせていた。
「そうだ。きっとみんなもカイルくんが転生したことを知ったら驚くよ」
「みんな?」
「そっか。そこからなんだね。えっと、私たちのパーティには他に賢者ソフィちゃんと戦士のマルスくんがいるんだ。みんなカイルくんの事を心配してたんだよ」
戦士と賢者と聖女。
バランスの取れたパーティだ。
おそらくは転生者である俺の出迎えをパーティとして受けたのだろう。
いつ現れるかわからない俺のために、順番で様子を見ていたのかもしれない。
「そうか。それはぜひお礼を言わないとな」
「お礼を言うのは私たちだよ。みんなもきっと同じ気持ちだから、ねっ」
にっこりと微笑むと手を差し出してくるリリア。
これは掴んで良いものかと迷っていると、リリアの方から俺の手を掴んでくる。
「行こう、カイルくん」
詳しいことは教えてもらえずにどこかへ向かって歩き出すリリア。
何も知らない状態で、連れられるこの状況は恐怖以外の何物でもなかった。
ただ、それを忘れさせるかのようにリリアの柔らかい手の感触が俺の手を包み込む。
――初めて女性と手を繋いだけど、こんなに柔らかいんだ……。
ただ、緊張で手のひらに汗がかいてないか気になってくる。
「わざわざ手を繋がなくても大丈夫だぞ?」
「ダメだよ。そんなことをして、またいなくなったら嫌だからね」
屈託のない笑顔のまま、リリアは自然と掴む手の力を強めるのだった。
◇◇◇
あれから小一時間ほど歩いただろうか。
体力のなくなっていた社畜時代ならこれほど歩けば息も絶え絶えになっていただろうが、今は全く息が荒れていない。
これも転生した効果なのだろう。
しかし、それ以上にリリアが元気そうだ。
鼻歌交じりに歩き、たまに俺に視線を送り、微笑んでいる。
更に定期的に「カイルくん、大丈夫? 少し休む?」と心配してくれる優しい子だ。
こんな良い子に心配してもらえるなんて、すごく運が良い。
それがとっても可愛らしい少女なら尚更だ。
「カイルくん、もう少しだよ。私たちのパーティが使ってる家があるからね」
「こんなところにあるのか?」
未だに周りは荒野だ。
草木は稀に生えているが、あまり人が暮らせるような場所に思えない。
「これでもマシになったんだ……。この辺りって魔王との戦いの最前線だった場所なんだよ」
「魔王が!? そんなところをこんなゆっくり歩いていて大丈夫なのか!?」
「うん、魔王はカイ……。えっと、魔王はもう勇者に倒されたんだ」
少し言い淀んでいた様子だった。
もしかしたら魔王との戦いで知り合いが犠牲になったものがいるのかもしれない。
これは無神経に聞きすぎたかもしれない。
「すまない。嫌なことを思い出させたか?」
「ううん、大丈夫。もう大丈夫だから」
何度も言い聞かすように呟いている。
しかし、すぐに俺へ笑顔を見せてくれる。
「カイルくんが気にすることじゃないよ。もし、次に魔王が襲ってくるようなことがあっても、私が倒しちゃうから安心してね」
笑顔で冗談のように言うリリア。
ただ、有無を言わさない迫力を秘めていた。
おそらく転生したての俺を危険に巻き込まないために言ってくれているのだろう。
ここまで良くしてくれている人なんだ。
彼女が悲しむようなことだけはしないようにしないと。
◇◇◇
もう少し歩くとリリアが言っていた通りに小さな村が見えてくる。
本当に最前線を担っていたようで、村の作りはかなり簡素。
簡易的に作られた家々が多く、テントのようなところも多い。
至る所に戦いの残骸が残っているが、それでもなんとか暮らしているようだ。
しかし、リリアたちの家はこの村の状況を考えると意外と立派な建物をしていた。
「簡素な家でごめんね」
「そんなことないぞ。俺一人だったら野宿するところだったからな」
この村まで意外と距離があったし、おそらく一人ではたどり着けなかっただろう。
下手をすると食べるものや飲み水の確保ができずに餓死していた可能性もある。
それを考えると屋根がある場所に泊まれるだけでありがたい。
中に入るとリリアが一番大きな部屋である食堂へと案内してくれる。
やはり、戦場の近くということもあるのか、装飾品はほとんどなく、必要な物が必要なだけ置かれている、と言った感じだった。
「ここで待っててくれるかな? なるべく急いで呼んでくるからいなくなったら嫌、だからね」
「ゆっくり待っているから、そんなに慌てなくていいぞ」
「だ、ダメだよ。本当はちょっとでも離れたくないんだからね」
「いや、ここから離れたりなんてしないから大丈夫だ」
「絶対の絶対だからね!」
何度も確認したリリアは大急ぎで部屋を出ていき、一人取り残されることになった。
「……なんだか落ち着かないな」
転生前まで社畜で常に働いていた俺からしたら何もせずに待つという行為そのものに罪悪感を抱いてしまう。
「よく見るとこの部屋、汚れているな。……よし」
部屋の隅に置かれた道具を使い、食道を掃除し始めていた。
◇◆◇
リリアはそのままパーティが集まる部屋へと入る。
「みんな、聞いて!」
いつぶりだろう。ここまで心の底から声を出すことができたのは。
その変貌ぶりに部屋にいた面々は目を見開いた。
「カイルくんが戻ってきたよ!」
「ほ、本当なのか!?」
真っ先に反応したのは黒いローブを着込み、身の丈よりも大きな杖を持った幼女だった。
賢者ソフィ。
高度な魔法をいくつも操る魔法使いだ。
幼女のような外見をしているが、半分エルフの血が混じっているハーフエルフで、一応成人しているらしい。
とても愛らしい顔付きだったのだが、今は泣きすぎて目が真っ赤に腫れていた。
長く美しかった銀髪もぼさぼさで、食事が喉を通らずにただでさえ細かったのに更に痩せている。
病人にすら見える彼女がゆっくりとした動きでリリアの身体を掴む。
そんな彼女に対して首を縦に振る。
ただ、すぐに顔を伏せる。
「でも、転生したときの障害で記憶をなくしてるんだ……。もしかしたら完全になくなってるかも」
「そうか……。やっぱり妾のせいで……」
再びソフィが泣き出しそうになる。
すると、もう一人部屋にいた体付きの良い男が壁を叩く。
戦士マルスだ。
「記憶のあるなしは関係ない。あいつが無事帰ってきたんだ。それなら俺たちがやるべきことはこんなところで泣いていることか? 違うだろ。今一番苦しんでいるのはあいつなんだ。だったら俺たちが寄り添ってやらないでどうする!」
「そ、そうじゃな。カイルが困ることのないように妾が味方をするのじゃ」
「それでね、今食堂でカイルくんが待ってるんだ。みんなを呼んで来てって――」
その瞬間にソフィとマルスの目が血走る。
慌てた様子でリリアに迫っていた。
「ひ、一人でいるのか!?」
「ば、馬鹿っ!! 俺達への報告よりカイルがいなくならないか見てる方が大事だろ! す、すぐに行くぞ!」
マルスとソフィは慌てて食堂へと向かう。
そのあとをリリアも追いかけていくのだった――。
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