プロローグ
その日、世界は歓喜に満ち溢れていた。
世界を絶望に突き落としていた魔王の討伐という報告が勇者パーティによってなされたのだ。
しかし、それほどの朗報にも関わらず勇者パーティの面々の顔色は晴れなかった。
それどころか、彼らの表情には深い陰りが見えていた。
肝心のパーティの要、リーダーである勇者の姿がなかったのだ。
メンバーの一人、勇者の幼なじみにして聖女のリリアが涙ながらに報告する。
「勇者カイルくんは魔王と相打ちになって、その……」
最後まで言い切る前に、嗚咽により言葉が出なくなる。
しかし、それを咎めるものもいない。
むしろ、自らの身を犠牲にしてまで世界を救ってくれた少年に哀悼の意を示すのだった。
「で、でも、カイルくんは言ったんです。『俺は必ず戻ってくる』って。だからきっと戻ってきてくれます」
光の消えた目で縋るように呟く。
ただ、死した勇者が戻ってくるなど奇跡でも起きないとありえないと誰もが理解していたが、それを伝えられるものは誰もいなかった。
◇◇◇
魔王討伐より一年が過ぎた。
まだ魔物などの危険は残っているが、魔王がいた時に比べると随分と平和になっていた。
「これもカイルくんのおかげだよ……」
決戦の地に墓標代わりに突き立てられた折れた聖剣。
あの時の戦いは激しく、地形がすっかり変わり荒れ地となっている。
花を供えて、近況の報告をする。
しかし、再び涙が流れてくる。
「ねぇ、もう一年経つよ? いつ戻ってきてくれるの?」
涙が聖剣に落ちたその瞬間に、突然光を発する。
空間が割れるような激しい雷音を轟かせる。
「えっ、な、なに? 何が起きたの?」
困惑する少女。
すると、光の中から弾き出されるように人影が見える。
どこか心の中であり得ないと思っていた。
なにせ勇者が死んだことを確認したのは他ならぬ少女だったのだ。
『死者は蘇らない』
それは聖女である彼女が一番よく知っていた。
例外があるとすれば――神のみが使えるという転生魔法だけ。
それでもわずかばかりの奇跡を願い続けたのだ。
その願いが通じたのかはわからない。
あの日と変わらない姿。
見間違えるはずもない姿。
その姿を見た瞬間に少女の目から涙が流れ、まっすぐに彼に抱きついていた。
「転生……できたんだ。戻ってきてくれたんだ……」
◇◇◇
俺はただの社畜だった。
朝は始発。
夜は終電が残っていたら良い方。
そんな生活を毎日送っていた俺は過労で命を落とした。
――まだ恋人すらできたことがないのに……。
薄れる意識の中、脳裏にとある言葉が響いてくる。
『転生を望む器があります。どうしますか?』
ろくに考えることができなかった。
もう一度人生をやり直せるならそれで構わない。
だからこそ、俺は頷いていた。
すると、突然目の前が眩いばかりの光に覆われ、気がつくとどこかの荒野に立っていた。
目の前には栗色の長い髪をした可愛らしい少女がいる。
あんな子が恋人になってくれたら楽しい生活が送れるんだろうな。
ただ、少女はどこか影の見える表情を浮かべ、目からは涙を流している。
側に花が置かれていることもあり、お供えでもしに来たのかもしれない。
その少女が俺を見て驚きで目を大きく見開いている。
当然だ。
こんな周りに何もないところで、いきなり俺のような社畜が現れたんだからな。
ただ、このとき少女は予想もしない行動へ移る。
俺に向かって飛びかかってきたのだ。
さすがにその行動を予想していなかった。
「おうふっ」
完全にみぞおちにタックルを受けて、声が漏れてしまう。
しかし、少女の耳には入らなかったのか、そのまま顔を埋めて泣いていた。
「転生……できたんだ。戻ってきてくれたんだ……」
――もしかして、この子が転生先の案内人、とかか?
確かにこんな荒野に一人で放置されて生きていけ、なんて難易度が高すぎるもんな。
そもそも禄に転生の説明も受けてないぞ。
俺がラノベやゲームで転生のことを知らなかったらどうするつもりだったんだ。
脳内で愚痴りながら少女に伝える。
「あ、あぁ……」
禄に女性と喋ったことのない俺からしたら、こんな可愛らしい子とまともに話すのは難易度が高すぎた。
辛うじて相づちを打つと少女は笑顔を見せる。
「約束、守ってくれたんだね。カイルくん」
どうやら俺の名前はカイル、というらしい。
――ただ、約束ってなんのことだろうか? 転生前に聞いた『器が……』どうこうと言うやつだろうか?
もはや内容すらもうろ覚えだったので、曖昧に相づちを打つしかできない。
――俺、本当に童貞臭い反応しかできないよな。俺の方が年上なのに……。
緊張して今も心臓がバクバクしている。
ずっと抱きついたままの少女の柔らかい体が俺を刺激してくるのだ。
免疫のない俺にその刺激は強すぎる。
「……どうしたの、カイルくん? なんだか顔が真っ赤だよ? もしかして転生の障害とかが出ちゃったの!?」
目の前に少女の顔が近づいてきて、おでこがくっつく。
もはや少し顔を前に出したら唇が当たってしまいそうなほどの距離だ。
――この子、距離感がバグりすぎてないか? いや、これがこの世界の普通なのか?
童貞には刺激の強すぎる世界だぞ。
「いや、大丈夫だ。ところで……」
なんとか少女から離れて、赤く染まった顔を隠すようにそっぽを向いて言う。
「君は一体誰なんだ?」
その瞬間、少女の目から光が消えていた。
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