教会にご報告
初めて教会に行ったのは二歳の時だ。
前ブラント男爵が亡くなり、ルカの父であるマリウス・ブラントが家を継いだ。貴族令息なら必ず通わなくてはならない王立学園を卒業する直前の事で、叔父のコーデル・ブラントが慌てて王都までやって来て色々と手配してくれたそうだ。
とりあえず学園を卒業してすぐに領地に戻ることになったので、友人に挨拶して回っていたら何故かフレイナ・ルーゼント侯爵令嬢と結婚する事になっていたらしい。何度聞いても意味が分からなかった。母であるフレイナに聞いたら『こんなに早く領地に戻るとは思わなかったので、体を張ってみたわ!』だった。
要するに薄ら両思いだったので規制事実を作って手っ取り早く確保した、と言う事らしい。身分差があり過ぎるので気持ちを伝えるつもりのなかったマリウスは叔父に遺書を書いたそうだ。
僻地と言っても過言ではない領地に侯爵家唯一の娘を連れて行こうとしているのだ、暗殺…いや、事故死かな…とか考えながらお許しの挨拶に行った。ら、ちゃっかりついてきたフレイナが堂々と結婚宣言をかまして押し通したそうだ。祖父や伯父二人の言葉など聞き流し、成人したので許可など必要ないと言ってマリウスの手を引いてさっさと手続きしてブラント家に嫁いできた。ものすごい力業である。後に祖父が泣きながら許してくれたらしい。
つまり卒業したばかりの高校生がいきなり家を継ぐ事になって、身分の高い嫁を正規じゃない娶り方する事になって、慣れない領地経営に必死こいてたら嫁の妊娠が発覚して、という出来事が一年以内に起こったのです…父の人生がジェットコースター過ぎてこれからは優しくしてあげようと思った。
何が言いたいのかというとブラント男爵夫妻は勉強と領地経営で忙しい。そして人手が足りない。
ブラント男爵領は国の最端で森と崖しかない。大きな建物は男爵家と教会のみで、あとは畑と領民の家や商店が点在している。主な税収は森で採れる薬草だ。過疎化まっしぐらな土地なのに貴族の領地なので色々面倒な手続きとか法律とか細かい事を覚えなくてはならない。この時点でルカは弟の誕生を願った。
その忙しくて若い両親は一年ほど喜怒哀楽を表にほぼ出さなかった赤子にひたすら寄り添っていた。現代日本なら当然では……?と言われるかも知れないがここは異世界なのでそんなのは通用しない。男爵領には赤子がいないので乳母が居ない。本当は母の実家の侯爵家から応援が来る予定だったのだが来れなくなったので、フレイナ自身が育児に専念しなくてはならなくなった。
幸いな事に赤子の中身があとちょっとで半世紀生きてた女なので、そこまでお世話するのに苦労しなかった。逆に感情の発露が余りにも少ない事を心配した二人は、触れ合いや一緒に過ごす時間を増やしたので勉強は後回しになってしまった。それを聞いたルカはちょっと罪悪感を抱いた。
なので、やっとルカの精神が安定してきたと聞いて顔見せしに挨拶に来た司祭のミゼラ様の提案に乗る事にした。
「では教会で預かりましょうか?」
「うん!」
好みの美形に抱っこしてもらって満足していたルカは、日中の育児の話からこの言葉が出てきたのでナイスタイミング過ぎて勝手に返事をしてしまった。父はやっぱり下唇を噛んでいた。
昔はもう少し子供が居たので教会で預かる事は普通だった。父もその一人だったのだが、ルカがまだ二歳になったばかりなので少し渋った。大抵三歳以降に預けられるらしい。しかし今の領主夫妻は手が足りてないのは明らかなので泣く泣くお願いした。
朝に教会の誰かが迎えに来てくれて、行ったり行かなかったりその日の気分で良いと言われた。四歳頃からは一人で通うようになった。ルカはできるだけ通いたかったが両親がちょっと寂しそうな顔をするので、たまに休んで家族で過ごしたりしていた。
綺麗なお姉さんやお兄さん、おば様やおじ様がてんこ盛りな教会に鼻息が荒くなったのは良い思い出だ。ラノベでよくある悪のタイプの教会じゃ無い事は分かった。
だってメインでルカの面倒を見てくれているのが一番偉い筈のミゼラ様なのだ。普通信徒でも若い人に任せたりしないだろうか?今一番暇してるらしい。助祭のテレンス様も良く顔を出してくれた。その度に目を細めてたら笑顔で「慣れなさい」とどアップで言われてルカの目は物理的に死んだ。麗しすぎて。
本を読んでもらったりお絵かきしたり領地を散歩したりと、でかい保育園(園児一人)にいるみたいだった。特に教会の蔵書はとても豊富でルカにとって興味深いラインナップが盛り沢山でこれはもう文字を覚えるしか無い。鼻息荒く勉強した。
基本的にルカのしたい事をさせてもらったが、貴族令嬢に必要な勉強は魔法を含めて五歳以降に学ぶ予定だ。本来なら儀式後にお話がありますと言われていたのだが、あんな事になってしまったので大変遺憾です。これから報告に行きます。
◇◇◇
いつものように表門から入ると、教会の敷地内にある小さな畑で作業していた信徒のお姉さんがルカに気付いてジッと顔を見つめてる。ホッとするように頷いて手を振っていた。……多分一昨日の帰宅時の顔を見て心配してくれていたんだろう。ありがとうの気持ちを込めて手を振り返しておいた。
「どうしよう……」
無事に意識を取り戻した事を報告するために来たが、ギフトの事をどう言おうか何も考えてない。昨日【石ころ】に心がやられてふて寝してしまったので、現在無計画である。
ギフト文字は誰も読めない事、神様のお告げは聞き取れない事、この世界の人間の殆どがギフトを使えない事。
例外は教会に代々伝わっている医療関係や建築、インフラに関わるギフト。このギフトを授かった時は教会がキチンと教えてくれるので、ほとんどの人がそちらの道に進むらしい。食いっぱぐれがなくて心底うらやましい。ルカなんて【尻】と【石ころ】だぞ。
「【尻】だけ聞こえました。で押し通すか……」
何で使えるようになったかは……痛そうだったからでいいか。
ぽてぽてと歩きながら適当な言い訳を考えていたルカはふと、足下が暗くなったように感じた。さっきまで晴れていたはずなんだけど……と顔を上げた。
「おはようルカ」
「ああ、良かった。もうすっかり戻ったようだね」
…………あ
「アラァァァーザァァァァァーーー!!????」
「何何何??!!!」
「エッ?誰誰誰???!!」
「ウワァアアアアアアアアァァァ!!!!」
「どうした!?何があった??!」
「ヒェエエエエエエエエエェエエエエェェ!!」
地獄絵図である。
「ルカちゃん!?どうしたの、落ち着いて!」
「オォォギャアアァアアァァ!!」
「なんかコッチ見て怯えてないか?」
「ヴォアァアァァ!!!」
下手に動けずにズリ足で後ろに下がったら更に近づいてきた。
助けてほしい。泣きたい。いやもう半泣き状態である。怖い。
子供の泣き声に反応して教会内からわらわらと大人が出てきてその度に恐怖が増す。こっち来ないで。
「ルカちゃん、落ち着いてちょうだい」
「おねえさん!!」
やっと普通の人が側に来てくれた!!信徒のお姉さんに抱きつき集団から少しずつ離れていく。
「オゥオゥオゥオゥ……」
「海獣か?」
「言いたい事は分かる」
あああああ……心配して来てくれた男の人たちが怯えてるルカに近寄らないで様子を見てる。そう、ちゃんと解ってくれているのだ。男の人におびえているのを。
でも無理怖い。
何故ならみんな尻から禍々しい松ぼっくりを生やしているから。




