生誕【閑話】
この度ブラント男爵の長女として生まれた前世日本人の赤子はルカと名付けられた。
呼ばれるたびに某ゲームのキャラが浮かぶので反応が遅れるし、あまり泣かず常に目が死んでるので病弱なのかと心配されている。
本人としては記憶がある事を嘆き、動けない事に苛立ち、この世界が二次創作の中じゃ無い事をひたすら祈って、乙女ゲームでないことをひらすら願っていた。
いきなり尻ビンタをされて目覚めた不惑の女は病院で死んだ記憶がちゃんとあったので自分が目を開けた事も、視界がボヤけてよく見えない事も、発した筈の罵倒が赤子の鳴き声に変換されてる事も、コレは…アレだ…一万回は読んだことある例のやつだ…と気付いた。気付きたくなかった。『転生は物語だから面白い』のである。今の時点でもう辛い。
昭和から令和を生きたライトなオタクは転生も理解はできた。納得はしていない。異世界に転生するにしても前世の記憶は要らない派なので本当に辛い。記憶がある時点でそれはもう寝て起きたらいきなり知らない家族(?)と演劇しなきゃならないって事でしょ…。でも自分じゃもうどうしようもない事だし…と憤ったり諦念したりと、もう正直に言えばなるようになれ状態だった。
そんな状態が半年近く続き、少しは動かなくちゃな…などと考えながらも殆ど動かずに今日もニートしていた。一応寝返りはうてるし、なんならお座りもできる。夜中に一人座る赤子…ホラーである。
魔法がある事を知り、自分も使えるのかな…ぐらいは考えたが、体ができてない今する事じゃないと思う。そうなるとひたすら暇なので狭い範囲内の観察とヒアリングで一日を過ごす。それしかする事が無い。
若過ぎる両親(仮)やお世話してくれる二人の女性…違和感がすご過ぎて目が死ぬ。黒と茶色で統一された時代に生まれたので、金銀赤くらいならまだ納得できるが緑とか青とか見るとヒエッてなる。毛根が心配だがブリーチしてる訳じゃ無いから…と見る度に自分に言い聞かせている。
「ルカ」
自分の名前は華也子であってルカではない。
某ホラー映画が流行った時に名前を揶揄われたりしたが大事な名前だ。ビデオも映画も見た事がなく、小説だけ読んで『何…理不尽が過ぎない…?』と思ったが大事な名前だ。戦犯は医者だろ…と思ったが両親がつけてくれた大事な名前だ。中身が華也子なのだからどうしても両親だと思えない。
ヨシオとヤスコが自分の両親なのだ…とベビーベッドの上で哀愁を漂わせていた。…けれど
「ルカ」
大事なもののように呼ばれると困る。
「ルカ」
半年近く経っても笑わない可愛気のない赤子を笑顔で抱きしめる。
優しい両親。前世の華也子よりも若くて麗しい両親。
今の自分の姿は見た事がないが、多分どちらかに似ているんだろう。
───自分よりも若い母に優しい声で呼ばれるといつも謝りたくなる。
できる事の少ない赤子にはたっぷりと考える時間があった。
ルカとして生まれた自分を可愛がってくれて優しくしてくれて衣食住を与えてくれているのはこの両親だ。
不安を感じる事の無い毎日を過ごせるという事がどれだけ幸せなのか、前世でそれなりに世間を知っている華也子は理解している。
……だから、今すぐは無理でも少しづつ受け入れようと思った。
華也子はルカではないがルカとして生きていく事はできる。
普通に穏やかに平凡な人生を送ろう。そうすれば今の両親もきっと喜んでくれるだろう。
一年近く考えて漸く答えがでた。
華也子は前世の両親に一時別れを告げた。
───父よ、母よ、ちょっと若夫婦の子供になってきます。元気でな──
────もう親より先に死ぬ親不幸な事するんじゃないぞ───
何か聞こえた気がするが赤子なので眠いルカは起きたら発声練習でもしてみようかな…なんて思いながら意識を飛ばした。
翌朝、今までぼんやりしていた赤子が突然『パパ、ママ』なんて口にしたので両親は息が止まった。
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余談だが腹を括った半年後に母方の祖父がやって来た。
「おおおおおおおじいちゃんだよぉぉぉ!」
『(ひええぇぇぇぇウ、ウィ◯スだあああぁぁ)…ぁう!』
泣きながらルカを抱き上げる男性が余りにも某映画のいつも死にそうな目に遭ってる可哀想な警部補にしか見えなかった。髪の毛のある素敵なオジ様にルカのテンションは爆上がりである。
祖父は国王の重鎮でいつも忙しくて、いつもタイミング悪く大事な用事の前に問題が起こるらしい。今回も出産の時に付いている筈だったのにやっぱり問題発生して王宮に留め置かれたそうだ。泣きながら娘と娘婿と孫に愚痴っていた。
あの某警部補よりかはまだマシなようで、彼が行く所に災厄が来るわけではなく、そっと持ってこられるようだ。辞めたいと泣いてルカを抱っこしているが、まだ若いのに陛下が許す訳ないでしょと娘に窘められていた。祖母は早くに亡くなっているので、娘である母にはとても弱い。
可哀想な祖父に「じいじ」と呼んであげればもの凄い喜ばれたので、手をにぎにぎしたら天を仰いで何かを噛み締めていた。大サービスである。滅多に自分からスキンシップなどしないルカに、母は喜び父は下唇を噛んだ。
だがこれは仕方ないのだ。ルカの中の華也子は某警部補の映画が大好きなのだ。
あまりテレビを観なかった華也子は殆どの俳優の見分けがつかない。本当に好きな映画だけを何度も観て漸く名前と顔を覚えるのだ。あと好みの顔の俳優。日本人の俳優はある時期から皆同じにしか見えなくなったので若い人はほとんど知らない。興味を持てないと教えられた名前すら次の日には忘れてしまう。
そんな華也子がルカの中で弾けているのだ。スキンシップくらいしてしまうし、セリフ言って欲しいので今ちょっと理不尽な目にあってほしい。思わず『本当にな…』と言ってしまうあのセリフを。
こんな感じで祖父の滞在中はひたすら仲良くしてた。父の下唇から常に血が流れていたほどに。
そしてルカは気付いた。
他にも居るのでは…と。往年の俳優顔が。
未だこの家からは出た事がない。しかし両親と家内の人達と祖父、この数人の顔の傾向で解る。モンゴロイドではなくコーカソイドである事が。もしかしたら他国にはモンゴロイドやネグロイドも居るのかも…そう思うと俄然外に興味が出て来た。
生まれた時から前世に引っ張られて自分ではない赤子から生き直すなんてと嘆いて一年以上もボイコットみたいな事をしてしまったけど、今すごくワクワクしている。ちょっと生きる気力が湧いてきたかもしれない。
別に両親の顔では駄目だったとかではない。好みの問題である。
両親はちゃんと美形だが、こう、ンヒィィ…しゅき…ってまではいかないワァ、目の保養…って感じの顔なので落ち着いて対応できるが、祖父はヒョェェェテレビで見た…という憧れ…?みたいな感じだ。そもそも母は祖母似なのでタイプが違う。
鼻息荒く祖父の顔をガン見するルカ・ブラントが、呑気に好みの顔を愛でていられたのも五歳までだった。




