11 隠した気持ち
その日の夜、両親が寝静まってからまたしてもこっそり家を抜け出したエルクは、半ばわくわくしながら湖でクルトを待っていた。
今日会う確約はしなかったが、なんとなくクルトは今日もここに来てくれる気がした。
いつもは辛いだけの昼間の重労働も、クルトのくれた靴を履きながらだと心なしか楽しく思えたし、また会えることを思えば無限に力が湧いてくる。
親に隠れてこっそり履いていたクルトの靴はエルクにはだいぶ大きかったが、その歩きづらさもまたエルクの胸をくすぐった。
(この気持ち、前世で覚えがあるわ……)
前世でエルクが死んだのは14歳、中学2年生のときだ。
ピアノのコンクールやコンサートで全国を飛び回っていたためなかなか学校へ行けなかったが、たまに顔を出すとよく話しかけてきてくれる男の子がいた。
彼はいつだって前世のエルクに優しかった。遅れがちな勉強も教えてくれたし、最近あった面白いことを脚色しながら教えてくれたりもした。嫌いだった学校も、彼がいると思えば行くことができた。
クルトに抱くこの気持ちは、その彼相手に抱いていた気持ちと非常に似ている。
(……だけど、だめ。絶対に気付かないふりをするの。だってクルトは私の心が読めてしまう……)
エルクはまだクルトのことをほとんど何も知らない。
知っているのは彼の魔術師という職業だけで、年齢も、家族構成も、好きなものも何もわからないのだ。
あんな端正な顔立ちをしていて優しい人だったら、聖都に恋人がいる可能性だって十分にある。
(きっと、この世界で初めて優しくしてくれた人だから心が必要以上に開いてしまっているんだわ。まだ対等な関係にもなれていないのに、気まずくなるのは絶対嫌)
エルクは目をぎゅっと閉じて手のひらを握りしめると、芽生えかけた感情にきつく蓋をして頭の隅へと追いやった。
エルクが思考を切り替えたところで、タイミングよくエルクの近くで白い光がぽっと灯る。
その光はだんだん大きく淡くなり、エルクの身長を超えるくらい膨張したと思ったら、その光の中から昨日と同じようにクルトが現れた。
「あれ、エルク、今日も外にいたの?」
どうやら彼はシャワーを浴びてから来たらしい。
まだ少し濡れた髪を無造作にかきあげて、クルトは辺りを見回す。
エルクは無駄に色気の漂うその姿から目をそらしつつ、心の中で答えた。
(え、ええ。家の壁は薄くて、もしかしたらクルトの声が親に聞こえてしまうかもしれないから)
「そうか、それはごめん。待たせた?」
(ううん、私が勝手に待ってただけ。来てくれてありがとう。嬉しい)
エルクが心からの笑みを浮かべると、クルトも目を細めて微笑んだ。
「今日は湖じゃなくて、君を座標にして飛んでみたんだ。君を思い浮かべる方がずっと簡単だった」
(そ……れはどういう意味?)
どちらかといえばクルトに尋ねたわけではなく、心の中に思わず浮かんでしまった問いだったが、クルトは読めない表情で首をすくめてみせる。
「さあ?」
(意地悪)
口を尖らせたエルクにクルトは小さく笑い声をもらしたあと、今日来た時からずっと手に持っていたものを差し出した。
「これ、エルクにプレゼント。ちょうどいいのがあったんだ。どうかな?」
クルトが差し出したものは、昼間に買った靴である。
エルクは驚いて目を丸くしたあと、おそるおそるその靴を受け取った。
(そんな……いいの?)
「買ってくるって言ったろ?」
得意げに言ってウインクをするクルトをみて、エルクは目に涙をにじませながらぎゅっとクルトの買ってきた靴を抱きしめた。
(ありがとう……!大切にする)
思っていた以上に感激した様子で喜んでくれるエルクを見て、クルトはなんだか少し照れくさい気持ちになりながらエルクを促す。
「いいから履いてみて。もし合わなかったら替えてもらうから」
クルトの言葉に、エルクはおずおずと靴を地面に置いて足を差し入れた。
(あ、ぴったり。それに、この靴前のやつとそっくり……)
「やっぱりそうだよね。これならどうにかして君のご両親をごまかせるかなと思ったんだ」
優しいだけではなく、気遣いもできるクルトの微笑みを見て、エルクの胸はぎゅっと締め付けられる。
エルクは頭を一度強く横に振ると、自身もまたクルトに笑顔を向けた。
(本当にありがとう。いつか必ず恩返しするからね)
「恩返しなんていいよ。エルクが幸せに暮らしてくれればおれはそれで充分」
笑ってそう答えるクルトを見ながら、エルクは心に浮かびそうになる言葉を必死に押し殺し、無理やり話題を変えた。
(そ、そういえば、聞いてなかったけどクルトは何歳なの?)
「おれ?おれは23だよ。エルクは?」
(思ってたより上だった……!あ、私は17です)
「ごめん、おれはもっと下かと思ってた」
お互いに本音を言い合って、同時に噴き出す。
くすくす笑うエルクを見ながら、クルトは彼女が幼く見えるのは瘦せすぎているせいもあるのかもしれないな、とぼんやり考えた。




