↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウラニス戦記  作者: 7s9
第4章 戦後騒乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/5

メソリア派の台頭

第35話

メソリア派の台頭




戦争は終わった。


しかし、その終わりを祝う者はほとんどいなかった。


ウラニス7では各地の集落が疲弊し、多くの民が飢餓と窮乏に苦しんでいた。


ハドラリアー軍による侵略は停止したものの、戦後条約によって民のメレピンは制限され、感覚の均衡が大きく崩れていた。


媒覚の均衡変化である。


空腹ではないのに飢えを感じる。

十分に眠っているのに疲労が抜けない。

不安や焦燥だけが際限なく膨れ上がる。

精神そのものが静かに蝕まれていた。


そのような状況下で、ヒュラとネラが統括する村だけは比較的安定を保っていた。


二人は食料の管理や警備体制の整備を徹底し、周辺集落からも頼られる存在となっていたのである。


だが、その平穏は長くは続かない。




戦争終結から一週間。

ヒュラは、食料輸送の護衛任務として、ナーク隊と共に郊外の集落へ向かっていた。

集落へ近付くにつれ、人影は消えていく。

畑は荒れ、家々は窓が割れたまま放置されている。

やがて、一軒の家から泣き声が聞こえた。

中には幼い兄妹だけがいた。

「お母さんは?」

ヒュラが尋ねる。

兄は黙って奥の部屋を指差した。

部屋には毛布を掛けられた二人の遺体。

机には一枚の紙だけが残されていた。

「生きてください。」

ネラは何も言えず目を伏せる。

外へ出ると、荷車を引いた数十人の集団が静かに村へ入ってきた。

灰色の外套をまとい、胸には見慣れない紋章。

彼らは食料や薬を配り始める。

子供には毛布を掛け、老人を荷車へ乗せる。

一見すれば救世主だった。

「メソリア……」

ナークが低く呟く。

「知ってるんですか?」

「最近急激に勢力を伸ばしている宗教団体だ。戦災地を巡って救援活動を続けている」

代表らしき男は柔らかな笑みを浮かべ、民へ語りかける。

「苦しみは終わります」

「世界は間違っています」

「新しい秩序が、皆さんを救います。」

民衆は誰も反論しなかった。

空腹の子供がパンを受け取る。

老人は涙を流しながら手を合わせる。

ヒュラは違和感を覚える。

「……いい人たちじゃないんですか?」

ナークは静かに首を振る。

「救済は本物だ。だから厄介なんだ」

「飢えた人間は、まず飯をくれた者を信じる」

「その後で思想を受け入れる」

離れ際、メソリアの青年がヒュラへ微笑んだ。

「あなたも苦しそうですね」

「必要になったら、いつでも私たちのところへ。」

その笑顔は優しかった。

だが、その瞳だけは底知れない闇を宿していた。ヒュラは無意識に背筋へ冷たいものが走るのを感じた。

遠ざかる荷車の後ろには、新たに十数人の村人が静かについて歩いていた。

故郷を捨て、家族を失い、希望だけを求めて。

その光景を見送りながらナークは呟く。

「……戦争は終わった。」

「だが、ここから始まる戦いの方が、ずっと長い。」










戦争が終わり、人々が飢えと不安に喘ぐ中、メソリア教徒たちは静かに村へ入り込んできた。

彼らは武器を持たない。

代わりに、白い布と小さな薬瓶を携えていた。

日が沈む頃になると、広場の中央へ集まり、輪を作って座る。

やがて一人の司祭が両手を空へ掲げた。

「苦しみは祝福である」

信徒たちは一斉に復唱する。

「苦しみは祝福である」

「欠乏は浄化である」

「欠乏は浄化である」

「媒覚の揺らぎは、メソリアの導きである」

その言葉が繰り返されるたびに、信徒たちの表情は恍惚としていった。

儀式の終盤、司祭は薬瓶の栓を抜く。

中には淡い青色の液体が入っていた。

信徒たちはそれを聖薬と呼んだ。

一人ずつ口に含み、祈りを捧げる。

摂取した者は涙を流し、笑い、あるいは地面に額を擦りつけながら神への感謝を口にする。

司祭は語る。

「飢えを恐れるな」

「渇きを恐れるな」

「感覚の苦痛を拒むな」

「それはメソリアが与える試練であり、選ばれし者への階である」

苦しみに耐えられなくなった者ほど、その言葉に救いを求めた。

だからこそ、終戦後の混乱は彼らにとって絶好の布教の機会だった。

失うものがなくなった者は、希望よりも救済を求める。

そして救済を求める者は、しばしば最初に差し出された手を掴んでしまうのである。



ある日、見回りに出ていたネラは村外れで若い男を呼び止めた。

男は震える手で小瓶を握りしめていた。

「何を飲もうとしている」

ネラが問いかける。

男は怯えながら答えた。

「これを飲めば楽になるって……眠れるようになるって……」

瓶の中には青白い液体が揺れていた。

ネラは即座に瓶を取り上げる。

成分を確認すると、神経作用の強い危険薬物だった。

「誰から受け取った?」

男は森の方角を指差した。

その日の夜。

ヒュラとネラは数名の村人を伴い、密売人の潜伏場所を突き止める。


粗末な小屋の中では数人の商人が大量の薬品を保管していた。

拘束された商人は抵抗することなく笑っていた。

「俺達は売っていただけだ」

「命令したのはメソリア教徒だ」

その言葉に場の空気が凍り付く。

メソリア。

近年急速に勢力を拡大している宗教組織だった。

彼らは苦痛を神聖視し、精神の変容を救済と呼ぶ。

戦争で絶望した民の間に静かに浸透していた。


尋問によって、周辺地域に複数の拠点が存在することも判明する。

さらに一部の村人が信徒となり、組織へ協力している事実まで発覚した。


その報告は瞬く間にバリリオンズ本部へ届けられた。





内部反乱分子の存在。

宗教勢力による扇動。

各地で発生する暴動。

事態を重く見た上層部は統制権限の強化を決定する。


地方自治は縮小され、国家規模での指揮系統再編が始まった。


内側ではメソリアが浸透する。戦争は終わった。

だが、本当の混乱は今始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
戦争が終わっても、苦しんでいる人たちがたくさんいて メソリアの救済は弱った心に入り込り込み、その優しさが人々の心を支配することにつながること…。そのような理解で合っていますでしょうか? 混乱の始まりで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。