サラクタ側妃暗殺事件 8
玉座の間にて陛下の命により、宮廷貴族や隠居した貴族などの王都に住まう貴族、聖下を始め教会関係の代表者が集められた。
中央に臨むは両陛下の玉座があり、その横に殿下達が控え、最前列は王家の血を引く公爵御三家、側妃を輩出したサウダーデ・アネモネー前伯爵などの王族や近い者が集まり、その様子から只事ではない事が読み取れる。
耳の早いものたちは、王都に来ていた大物が拘束されたことを知っており、開戦前のようにピリピリしていた。
そんな中で俺は父の隣ではなく、クリュザンテーメ殿下の隣という一番端だが王族相当の場所で立っている。
本来であればこの場所に立つことはまずないが、今回は事件の捜査は陛下の義弟として動いており、告発するにも立場は大事なので、ここに置かれている。
……想像よりずっと大事になった。
そりゃまあ辺境伯と教会が結託して王族の暗殺なんてとんでもないスキャンダルだから、見せしめと貴族の締めつけもあるかもしれないが、この緊迫感の中で立ち回らなければならないのかと思うと、緊張で呼吸が浅くなり、吐き気が止まらない。
だが、一歩間違えば無罪の人の一生を奪ってしまうのは本来このくらいの重圧があって当然なのかもしれない。
俺の告発により、何人かは必ず死ぬ。
その事実が重くのしかかるが、姉の無念を晴らさねばならない。
この世界で多くを与えてくれた彼女に対して、せめてもの手向けとして犯人は罪を償わせよう。
大きく息を吸ってゆっくり吐く。
覚悟とともに視界がクリアになったところで、国王、王妃の両陛下が入室した。
「急な呼び出しにも関わらず集まってくれたことを感謝する。近況を聞いたり、良い酒が手に入ったのでそなたらと酌み交わしたいのだが、そうも言ってられん事が起きた」
陛下の声は静かに、しかし強い意志を秘めており、何か重大な事があったのだとすぐに判断出来るため、みなが静聴している。
「知っている者もいるかもしれんが、昨日、ゴールマ辺境伯とジュアルブ枢機卿に対する告発を受け拘束した。この件については教会側も承知しておる」
この発言に流石に大きくザワつく。
現役当主、それも敵地と面した最前線を治める辺境伯。
権力を持ってしても干渉しにくい教会、しかも教会内でも数人しかいない重役である枢機卿を捕らえるなどただ事ではない。
貴族と教会が同時に捕えられるということは手を組んだということだ。
では何をしたか。わざわざこれだけの面子を集めて断罪を始めるとなれば、大きなことに違いない。
全員の頭の中に、ある言葉がよぎる。
『国家反逆罪』
貴族の中でも強い特権と私兵を有している辺境伯と、様々なツテと特権を持つ宗教が手を組む際に最も考えられる理由が、国家に対する反逆だ。
王がしたことは出頭要請もすっ飛ばして拘束であり、それだけで大事なのだ。
それは王が本気で動いており、政治的に重大な意味を持つということは貴族であれば誰しも理解できる。
「さて、みなも何があったか気になっているだろう。だが、まずは彼らをここへ呼べ!」
陛下が命じるとすぐに待機していた騎士たちが縄に繋がれた彼らを入室させる。
様々な好奇な目で見られながらも、ゴールマ辺境伯は堂々と胸を張り、やましい事など何も無いという態度だった。
対してジュアルブ枢機卿は自然体で、散歩でもしているかのような気楽さで、酷く腹が立つ。
その平然とした顔を必ず歪ませて罪を償わせてやらねばならない。
視線を周りにやると父上、クリュザンテーメ殿下が二人を見る瞳は怒りと憎しみに燃えている。
義兄である陛下だけはそれを隠し、統治者として冷静な顔をしているが、よく見れば握った拳の爪が手の平にくい込み、流血していた。
そうだな。姉上を殺した相手が憎いのは俺だけじゃない。
まずはその罪を暴き、証明させなければならない。
「陛下、出頭命令ではなく押し入っての拘束とはどういうことですかな?」
「教会に軍を差し向け押し入り、強制押収をしたばかりか、忠実なる神の従僕の私になぜこのような仕打ちをするのでしょうか?」
陛下の御前で跪くゴールマ辺境伯は不服であると言わんばかりの態度で訴える。
ジュアルブ枢機卿は本当に分からないという顔をしている。あとバレないように飴舐めてるから頬が膨らんでいる。
あっ気づいた陛下がとんでもなくイラッとしてるし、周りも気づいてどうしようとなってる。
聖下はまたアイツはと言わんばかりに呆れた顔をしている。
「そなたらには我が側妃であるサラクタ・ヴィーゼの暗殺と王城内で悪魔を暴れさせ、王城を混乱に陥れた国家反逆罪の疑いがあると、サラの弟であり、私の義弟であるレフ・アネモヌン卿より告発があった。詳しくは本人から話をさせよう」
「ご紹介にあずかりましたレフ・アネモヌンです。私はこちらの二名はそれぞれの利益と思想のために結託し、サラクタ側妃暗殺を計画し、手の者に実行させたとして告発致します」
一世一代、いや二世一代の晴れ舞台だ。
俺は姉上が、家族が、友が恥じることがないように前を向き、堂々と胸を張り、指を突きつけた。
◇◇◇
「まずは事件の簡単なおさらいからしましょう。事件当日、食事中に席を立ったサラクタ側妃が護衛を外に置いて、1人で部屋に入って鍵を閉めた。その数分後に悲鳴が聞こえて護衛が突入。すると悪魔がいた。その悪魔をゴールマ辺境伯が討伐。その後、部屋を捜査すると悪魔召喚の魔法陣、破れた衣服、大量の血痕が発見され、教会が悪魔の遺体を処理し、その後、捜索するもサラクタ側妃の遺体は発見されなかった」
これが事件の捜査資料に書いてあったことで、ここにいる人間は多分知っているだろう。
あっ父上が掴まされた資料は隠蔽・改ざんされてたからガチガチに隠蔽してたかもしれない。
まあ仕方ない。正しい情報がないと、俺の推理が正しいと判断できないから言ってしまえ。
「これがサラクタ側妃の事件に関する改ざんされていない資料で、こちらにいる方々ならば知っている方もいるでしょう。この事件の資料には一つ大切な情報が抜けております。それは事件当時に側妃の食事を運んだメイドが王城から離れた山の中で白骨化した状態で発見された。所持品から身元が判明し、特筆すべき点としては割れた小瓶があり、死因は頭部への外傷だが遺骨は呪われていた。この事件の鍵を握る非常に重大な情報です。あぁ、そう言えばこのメイドはゴールマ辺境伯の寄子の家の娘らしいですね」
ここまでは既に王家も掴んでいる事実だ。
公爵家クラスは知っていてもおかしくはない。
「まさか、それだけで我輩を告発したという訳ではないであろう。我らも暇ではなく、特に教皇聖下まで巻き込んだのだ。さっさと本題に入るがいい」
「まあまあゴールマ閣下、そうカッカせずに。飴ちゃんでも舐めますか?」
「何度も言った記憶があるが甘いものは苦手でな」
告発されている者の態度か? これが?
しょうもないこと言うな! とか拘束されてるのに飴を食べようとするな! とか言いたくなるが、こういうのは無視しておこう。
あっ後ろから何か嫌な気配を感じる。
陛下、めちゃくちゃ不機嫌そう。
しかし、この余裕は気になるがここまで来た以上はもう関係ない。
証拠があり、理屈が通っているのなら犯人しか知らない事実などの失言を期待しなくても詰ませれる。
「ではお望み通り本題に入りましょう。この事件を解き明かす鍵はサラクタ側妃のご遺体はどこにあるか。これが非常に重要でした。仮の結論として悪魔召喚をして生贄となったと教会と騎士団は結論付けました。そして側妃が悪魔召喚をしたという事実を隠すために暗殺されたことにして、遺体もないのに暗殺事件として公表されています。ですが私はサラクタ側妃の遺体を発見して、その上でゴールマ辺境伯とジュアルブ枢機卿が暗殺を計画して実行に移した犯人だと告発したのです」
「「な、なんだと!? サラの遺体が!? 」」
仲良く驚く父上と陛下。
そしてゴールマは少し狼狽えたように言葉を詰まらせる。
「っ! バカも休み休み言え! あの場に死体がなかったことなど我輩が一番知っておるわ! 我輩が部屋に入った時には既に悪魔と護衛の2人しかおらなんだ!」
「えぇ、えぇ! そうでしょう、そうでしょう! あなたが突入した時にはまだ遺体は存在してませんでした」
嘘はついてないのだろう。
彼の言うとおり、部屋に入った時点では姉上の遺体は存在しないのだから。
「確かに貴方は嘘をついてはいない。しかしです! ゴールマ閣下! 貴方は知っていたはずだ。あの悪魔がサラクタ側妃だったということを!」
「そう! 私はあの悪魔こそサラクタ側妃であり、ゴールマ辺境伯がそれを知りながら殺害したと主張します!」
「貴様の言っていることは妄言だ! 証拠もなく荒唐無稽な戯言だ!! バカバカしい! 陛下! このような話のために我輩を拘束してこのような茶番を開いたのですか!」
「ジュアルブ枢機卿ではありませんが、そうカッカなされるな閣下。証拠なら当然ございますよ。グナー・デルン伯爵令嬢、お願い致します」
そう声をかけるとデルン嬢が父上の後ろの方から、教会の人間と騎士に守られながら現れた。
「デルン伯爵家長女のグナーです。私はアネモヌン卿の依頼を受け、王家と教会の監視下で封印されていた悪魔の死体を解剖致しました。その結果、ポーションの魔素痕跡とターコイズと思われる宝石を胃の中から発見したことを申し上げます。また私見になりますが、これは親しくしていただいたサラクタ側妃が何度も身につけていた宝石と同じ物であると考えております」
「グナー伯爵令嬢よ。ではそなたはその悪魔がサラクタだと主張するのか?」
「陛下、私は事実を述べただけであり主張は致しておりません。ただ悪魔の胃の中にサラクタ側妃様の私物と思われる宝石とポーションの魔素痕跡があったという事実のみを報告致します」
「あいわかった。監視の者からも、ルドー六世教皇からも不審な点はなく、間違いなく胃の中から出たとの報告を受けている。悪魔の解剖などという大変なことを良くやってくれた。礼を申すぞ」
二人から目を離して、被告人の二人を見ると流石に予想外だったのか顔に脂汗が滲んでていた。
だが、まだ諦めておらず心も折れていなさそうだ。
「ま、待った! そのような宝石やポーションなど悪魔がサラクタ側妃を食べた際に飲み込んだかもしれない! わざわざ宝石を飲み込む人はいない!」
「いいえ! サラクタ側妃が宝石を飲み込んだのは合理的な理由があります。ターコイズには性質として魔力を貯める性質ともう1つ特徴があり、それは呪いを払う性質です。サラクタ側妃が飲んだポーションは解毒ポーション、そしてエリクサーでした!」
「この2つのポーションを飲んで効果がなかったので、サラクタ側妃は藁にもすがる思いでターコイズの宝石を取り外して飲み込んだのでしょう。もし、解呪出来なくとも何かのメッセージになるかもしれないと彼女は考えた可能性が高い」
「で、ではやはり悪魔が食べたのかもしれんではないか! 貴様はどうあっても実の姉を悪魔にしたいようだが、その証拠もないだろ」
「えぇないんですよ。ないからあの悪魔がサラクタ側妃となってしまうのです。仮に悪魔がサラクタ側妃を食べたとして場合は人を食べたのであれば、胃の内容物に髪の毛や歯、骨等が見つからないのはおかしいでしょう。鉱物であるターコイズが消化されずに残っている消化力であれば、人体の痕跡は必ず残るはずなのです! それが無いということがあの悪魔こそサラクタ側妃だったという証明になります!」
悪魔と言えど生物であり、物体を食べたのであれば消化される。
何でもご都合主義で溶かせるならターコイズも溶けているはずだ。
それが文字が読める状態で鉱物が出てきたのであれば、その程度の消化能力では人体はすぐには溶かせない。
「うぐっ! しかしだな!」
ここは勝負どころだ。
何かを言われる前にこちらがペースを握るために被せてでも話そう!
「そういえば彼女の部屋にあった悪魔召喚の陣についてですが、何故ゴールマ閣下はあれが悪魔を召喚するための陣と知っていたのでしょうか? 私は存じ上げず、陛下にお聞きしたのですが、あれは危険性から限られた者しか知らないそうですね。貴族においては王族、そして教会内でも枢機卿以上しか知らないそうですね。ねぇ? ジュアルブ枢機卿」
一応は他にも見たことがあり、どういったものかを知っている者は南の司祭のようにいるようだが、知っていても召喚陣という正しい手順と意味を持った呪文を描き込まねばならない物は正しい知識がないと作れない。
「それはその通りです。非常に危険なので枢機卿以上でなければ正しい知識が与えられません」
「ありがとうございます。さてここで問題となるのは何故、そのような物が側妃の部屋にあったのか。そして秘匿されている危険物をゴールマ辺境伯は知っていたのかです。確か閣下は事件直後の裁判にてこう発言していますね」
『側妃様の行方についてどう思うか? そうですな。その時は慌てていましたが、側妃様の自室で悪魔召喚の魔法陣があり、着ていた服が破けてきた時点で最悪を想定して、これ以上の被害者を出ないように悪魔の討伐を急ぎました』
「こちらは裁判の公式文書にて確かに記録されています。何故閣下はあの魔法陣が悪魔を召喚するための陣だと知っていたのですか?」
「そんなことか。我輩は辺境伯として長く隣国とのいざこざがある土地を治めており、破壊工作で使われたことがあったから見覚えがあったのだ」
やはりそう来るか。
彼が秘匿されている召喚陣を知っている理由としては、あの司祭のように現場で見て知っていたと答えるしかない。
「ではあの緊迫した状況で、ゴールマ閣下は側妃が悪魔を呼び出して、食べられたと考えたのですね」
「くどい! 先ほど貴様も言ったが悪魔召喚の陣は秘匿されていたのであろう? そして王族である側妃は悪魔召喚の陣を知っているはずだ! 側妃がなにかの目的を持って召喚して事故で悪魔になってしまったのであろう!」
「いいえ! それはありえません! 側妃の部屋で魔素鑑定を行った結果、部屋から魔素が検出されたのは割れたポーションの瓶からだけでした。つまり召喚陣には魔力を使った痕跡がなく、召喚陣は使われていない事を示しているのです!」
「がぁっ!? で、では誰かが事前に置いたのかもしれないだろ!」
「それはありえません。先ほども申し上げましたが、悪魔の召喚陣は秘匿されており、手に入れるのも作るのも容易ではありません! 王族の部屋に王族が入れば必ず記録に残ります! それ以外の者が無断で側妃の私室に入るなどもってのほか! それに側妃の部屋は毎日複数人の相互監視の元で掃除されており、そのような不審なものがあれば必ず見つかります! つまりあの召喚陣を置く時は事件当日の混乱した状況以外にはありえないのです!」
「では我輩より先に入っていたのが用意したということも考えられるであろう!」
「ありえません! 何度も申し上げますが、王族クラスでしか手に入れることが出来ない物を護衛が持っているわけがない! だがゴールマ閣下! 貴方は違う! ジュアルブ枢機卿と懇意にしており、事件当日も王都にいた彼に用意してもらうことが可能だ!」
「全て憶測ではないか! 証拠もなく我輩と枢機卿を疑うとは何事だ! そもそもまだ肝心の側妃を悪魔にした方法すら判明していないのではないか!」
「ではご要望に応じてお答えしましょう。悪魔を召喚するには、生贄として人を捧げて呼び出すか、悪魔憑きとして憑依させる方法がありますが、今回の事件はどちらでもありません。文字通り悪魔と成ったのです」
「悪魔の血には強い呪いの作用があります。それ故に悪魔の返り血を浴びた者は悪魔になると言われ、すぐに浄化が必要となるのです。これは閣下もご存知でしょう。なんせご自身も受けておられるのだから」
「もちろんだ。だがまさか側妃が悪魔の血を浴びて悪魔になったと言うのではあるまいな? ありえぬ! そのようなことをすればすぐに分かるであろう」
「えぇそこが今回の事件の巧妙な点でした。普通に考えれば血を浴びるような事態になればすぐに浄化されてしまいます。ですが犯人は狡猾でした。要は同じ効果があれば良いと考えて直接体内に取り込ませるために、犯人は食事に悪魔の血を混入させたのです!」
「なんだと!? レフ! どういうことだ!」
俺の言葉に被告人2人より早くに陛下が反応する。
そして黙って聞いていた周りの者たちもざわつき出す。
「陛下、落ち着きください。これから全てを説明致しましょう」
陛下を宥めながら被告人を見るとジュアルブ枢機卿は平然としているが、ゴールマ辺境伯は全身に汗をかき、顔色が青白くなっていた。
「さて事件のあらましはこうです。事件当日はパーティーの翌日で、ある程度は落ち着いたとはいえ、各国の要人や貴族の方々が残っており、まだ騒がしい日でした。そこに教会が何かを探しに来て、予想外のことで人手が足りていませんでした。そこで側妃付きの者たちも駆り出されて手薄となっており、普段とは違う人間が食事を運ぶことになった。それが先ほど申し上げたゴールマ辺境伯の寄子の娘です。買収されたか、脅されたかした彼女は恐らく手が空いたから運ぶとでも申し出たのでしょう。普段ならまずない事ですが人手が足りていない。王城にいる人物なら身元もはっきりしているし、何より王族は耐毒装備をしてポーションを用意してあり、毒は効かないのですから任せて問題ないと考えたのでしょう。万が一、乱心してもそのための護衛がいるのですから」
「そして彼女は食事を運ぶ途中で小瓶に入った悪魔の血液を混入させた。それを食してしまった側妃は体調を崩して自室に駆け込んだ。そして部屋に鍵をかけて、誰にも見つからないようにして解毒ポーションとエリクサーを服用したのです。施錠して密室にしたのはエリクサーを飲むためでしょう。他国の者もいる王城内でエリクサーを持っているとなれば面倒な事になるから施錠したと考えられます。側妃は解毒ポーションとエリクサーを服用したが、その2つは毒や病気には効きますが呪いには効果はありません。そして皆様は知っているでしょうか? 悪魔の血に魔力を与えれば召喚できます。ではポーションやエリクサーという高濃度の魔力を与えればどうなるでしょうか?」
「答えは悪魔の血を浴びた者は悪魔になるという現象のように、体内に取り込み活性化した呪いが本人を悪魔に変えてしまうのです。そして命を奪う原因となった悪魔の血ですが、これも普通なら手に入らない物です。しかし、教会関係者で立場がある者なら話は別です。事件の数日前に悪魔の血が教会から盗まれたそうですね? 現物が見つからず罰せられなかったそうですが、状況的に容疑者はジュアルブ枢機卿しかいなかったそうですね。失せ物を探す魔法でも見つからなかったそうですが、その時には既にゴールマ辺境伯かメイドに渡して王城内に持ち込めば、魔法は弾かれて見つかりません。さらに教会の関与として現場には悪魔の召喚陣まであった。これは教会に事件の関係者がいるとしか考えられず、盗まれた悪魔の血と召喚陣を用意できたのはジュアルブ枢機卿ただ一人です」
「そして側妃に悪魔の血を盛った後に、悪魔として殺害するために理由をつけて側妃の近くにまで来たのでしょう。その後は悪魔になっていればよし、なっていなくても死んでいれば構わない、死んでなくとも自分が犯人と疑われないと考えたのでしょう。もし悪魔への変化中を護衛に見られていたら護衛を悪魔に殺されたことにしてしまう計画だったのでしょう。以上のことからゴールマ辺境伯、ジュアルブ枢機卿がサラクタ側妃暗殺を計画したのです! そしてこの国に混乱をもたらしたのです!」
「まだだ! 我輩が召喚陣を置いたという決定的な証拠がない!何者かが密かに置いた可能性も否定できていない! 例えば我輩の後に入ってきた教会の者かもしれないだろう!」
見苦しい。
だが、命がかかっているし、彼が死ねばゴールマ家は大変なことになり、血が流れるかもしれないと考えると彼が必死になるのもわかる。
だからこの発言は叩き潰す。
「ありえません! 貴方は裁判で確かにこう証言した!」
『側妃様の行方についてどう思うか? そうですな。その時は慌てていましたが、側妃様の自室で悪魔召喚の魔法陣があり、着ていた服が破けてきた時点で最悪を想定して、これ以上の被害者を出さないように悪魔の討伐を急ぎました』
「貴方がどのようなタイミングで入口付近にあった召喚陣を見たかなど問いません! ここで問うのは貴方は悪魔を討伐する前、教会の人間が部屋に入る前に召喚陣を見たとはっきりと証言している!! 貴方の言うことはありえないんですよ!」
「な、ならば我輩が入る前にいた騎士や側妃様が置いた可能性もあるであろう」
「動機、入手手段の難易度などを無視してもそれはありません!」
実はこれだけは早くから分かっていた。
初めて部屋に入った時点で羊皮紙を手に取った時点で、召喚陣は使われておらず、事件だということが分かっていたんだよ。
証拠品でもないので胸の内に乱暴に入れていた紙を取り出す。
「これは召喚陣の写しです。意図的に完璧に写してはいませんが、それなりに正確に書けております」
「それがどうしたと言うのだ」
「おかしいと思いませんか? 側妃の部屋は血が飛び散り、激しい戦闘の痕がありました。なのに写しが取れるくらい召喚陣は綺麗な状態だった」
「そんなことは偶然だろう!」
「確かにそれだけなら偶然かもしれません。ですが召喚陣は悪魔の討伐の後に置かれたものだと証明出来ます。不思議なことに羊皮紙に血痕は一切付着してないのにも関わらず、その下の床には血痕が付着していたのです。これは明らかに召喚陣は後で何者かによって置かれたものと考えられます! そう、ゴールマ閣下、あなたしかいないのです!」
「ぐっ! ぐぉぉぉぉぉ!!!!! 許さん!! 許さんぞアネモネー!!!!」
……終わったか?
ジュアルブ枢機卿が黙っているのが不気味だが、陛下の方を見ると、陛下は頷いた。
「もう良いであろう。レフ・アネモヌン卿の主張には確かな証拠があり、ゴールマ辺境伯の反応を見れば事実は明らか。ゴールマ辺境伯を拘束し、後日、正式な裁判にて罪を裁く」
「ぐぉぉぉぉ……あはっはっはっ!!!」
……詰んで開き直ったか? それとも精神的な何かか?
いや、あれは違う気がする。
「よい。連れて行け」
陛下がそう言うと騎士たちがゴールマ辺境伯を連れて行こうとした。
「触るな下郎! レフ・アネモヌン! 見事だ! そして何とも美しい愛ですな陛下! だが、この我輩は罰せんぞ!」
「……その根拠を申してみよ」
「お忘れですかな? 我輩は既に裁判を受けて判決が下り、我輩は謹慎して罪を償いましたぞ」
「それがどうした?」
「賢王と名高い陛下もお忘れですかな?」
そう来たか。
先程まで心の底から叫んでいた憤怒の表情から一転してゴールマ辺境伯は勝ち誇った表情をする。
「二重処罰の禁止」
「流石は法律家のアネモヌン卿。よくご存知ですな」
二重処罰の禁止。
それは俺が進言し、作ってもらった原則だ
古い頃から考えとしてはあったものを明文化してもらったのだが、流石は法律にも詳しくあるべき辺境伯は知っているのか。
周りの貴族やカレウスなどは頭に?を浮かべている。
「……最後の拠り所はそれで良いのですね? 二重処罰の禁止は原則として、一度、裁かれた罪をもう一度同じ罪で裁くことは出来ない。これを二重処罰の禁止と言います。確かにゴールマ閣下は既に裁きを受けています」
俺の発言に周囲が大きくざわつき、ゴールマは勝ち誇った顔をする。
だが——
「ですが! ゴールマ辺境伯が裁かれた罪は王城内での抜剣についてだ! 仮に悪魔を殺した罪で裁かれていたとしても、その悪魔の正体が側妃であり、正体を知っていたとなれば罪状は大きく変わります! よってゴールマ辺境伯に下される裁きは正当なものであり、その罪から逃れることは出来ない!!!」
「なっ!? 馬鹿な! ジュアルブ! 話が違うではないか!!」
「閣下、これ以上は醜いだけでしょう。アネモヌン卿の言う通り、サラクタ側妃の事件は我々が計画して実行しました。嗚呼、、それにしてもなんと口惜しい。もう少し、もう少しで準備が整い、あの穢らわしい人もどきや、神が創りし物の形を変える錬金術も禁止できるところだったのに、、、」
「お、おい! ジュアルブ! 裏切るのか!! 完璧な計画だったはずだ! 何故だ! 何故だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁががががが…………」
叫び出したゴールマ辺境伯は現実が受け入れられず、泡を吹いて後ろ向きに倒れ込んだところを、そばにいた騎士に抱き抱えられた。
「それと教皇聖下、ご迷惑をお掛けしました。しかし、この騒ぎは信仰によってのものであり、俗な野心などなかったことだけはご理解頂きたい」
「……貴方は枢機卿の中でも特に熱心に励んでいたことは存じております。そんな貴方だから付き従う派閥の者も多くいた」
「ありがとうございます。最期に一つ。私の墓には飴を3つだけ供えてください。過去に拾ってもらった司祭様から頂いた飴は神に抱かれているように幸せになれたのです」
「えぇ。必ず供えてあげましょう」
彼には彼なりの思想と覚悟もあったのだろう。
だが、それでも人を迫害し、人権を軽んじて、人を殺していい理由にはならない。
倒れて騎士に運ばれるゴールマ辺境伯とは対照的にジュアルブ枢機卿は自分の足で立ち、静かに部屋を連れ出された。
「……突然のことで驚きもあったであろうが、集まってくれた皆にも告げることがある。私はこの事件を徹底的に解明し、関わった者を一人残さず処罰するつもりだ。またこれからも法に準じた国家の運営を行う為、貴族だからと油断、慢心することの無きように。ではこれからも皆の活躍を期待している」
陛下がそう言うとそれに付き従い、王妃陛下、次いで殿下達が退出する。
終わったんだな。
そう思うと力が抜けて膝から崩れ落ちそうになったところを誰かが支えてくれた。
確認するまでもなく、カレウスだろう。
「レフちゃん、ちゃんとお家に帰るまでが名探偵としての在り方でしょ。さぁ今日は家に帰りましょう」
「そうだな。父上、また明日、登城して父上や陛下の御前に参上いたしますので、本日は帰らせていただきたい」
「そうだな。儂も陛下もクリュザンテーメ殿下、そしてレフにも心の整理をする時間が必要だろう。陛下には儂から伝えておくので今日のところは帰ると良い」
「ありがとうございます。カレウス、帰ろうか。レリヴァも待っている家に帰って、君が淹れてくれたお茶を飲みたい」
「ご主人様の仰せのままに。あとカレンと呼んで♡」
「疲れたからまた今度、機会があればな」
本当に疲れたので、帰ってソファに横になりたい。
……これでやっと心に一区切りをつけることが出来た。
ようやく、姉上の無念を晴らすことができた。
さぁ家に帰ろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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