サラクタ側妃暗殺事件 5
事件当日の女官たちの動きをカレウスが報告しに来てくれたのは、その日の夜になってからだった。
「女官長と家令にあたって、念の為に裏取りもしてたから遅くなっちゃってごめんなさいね。あと当時の捜査資料にあったサラクタ様の周りの人の経歴と出身のページを控えてきたわ」
「いや、裏取りまでしくれたなら俺から言うことはない。ありがとう」
考えにくいことではあるが、誰かが嘘をついたり勘違いをしている可能性はあるから、その可能性を考えてくれてきっちりと裏取りをしてくれるのはありがたい。
カレウスがまとめたメモを受け取ると、当日の行動を見ていく。
すると1人、特に怪しい人物がいた。
「この食事を運んだメイドが本命だろ。いや、流石に騎士団も調べてるか」
「そうね。当時、調査しようとしたわよ」
「あー……消えてたか死体で発見された? 」
「ご名答。事件から数ヵ月後に王都の近くにある山の中で彼女と思われる白骨化したご遺体が発見されたわ」
「俺が法律事務所を開業するために、バタバタしてた時だが、王城に務めている人間の白骨化した遺体が発見された事件の記憶はないな」
「そうでしょうね。亡くなった彼女の親がご遺体を娘と認めず、自分の家の物を盗んだ盗人って処理したから、表面上は盗人の身元不明死体として処理されたわ。そりゃ娘が王族を害したかもしれないなら切り捨てるのは当然かもしれないけど……」
その侍女はゴールマ辺境伯の寄子の貴族の娘。
状況的に誰が見ても彼女が姉上の事件に関わってるだろう。
確かにそれなら、もしも娘が王族を害したとなれば家にも連座するから切り捨てるのは仕方ないことだが、親はまともな人なら辛いだろな。
「盗人ということは、何か身元がわかるものを持っていたのか? 」
「えぇ。メイド服のポッケの中に紋章が入ったバッジと、割れていた小瓶が入ってて、不思議なことに死因は転落した際の頭部への外傷なのに、遺骨は呪われていたらしいわ。幸か不幸か呪いのお陰でスライムや魔物たちも死肉を食べられず、自然に腐敗して証拠が残ったみたいよ。けどその呪いのせいで口の減らない連中はサラクタ様の呪いとかふざけたこと言ってたわ」
「!? ……呪いか」
呪い、呪いねぇ。
この事件は呪いが関係しているのかもしれないな。
あと姉上は殺されているとしたら、呪うタイプだ。
ゴリゴリ復讐を望む人なので、死者は復讐を望んでいない! とか崖の上で言われても俺なら刺す。
悠長に説得されてたり、来ないで! とかいうなら囲まれた時点で刺す。
まだ犯人が不明で復讐という手段を取ってないが、判明して復讐するとなれば説得に応じるつもりはない。
思考が他所へ行ってしまった。
呪いね。オカルト的なのじゃなくて良かった。
いやまあよく分かってないからオカルトなんだが、実際にあるのであり、ちゃんと対処法があるならさほど怖くは無い。
しかし、呪いならエリクサーは役に立たない。
なら何らかの方法で呪われたと見るべきなんだろな。
遺体となった侍女がもっていた瓶が呪いに関係するかは不明だし、丑の刻参りみたいに遠距離から呪った可能性もあるが、一旦姉上は呪われた方向で考えてみるとしよう。
「その侍女の遺留品なのだけど、ご遺体は白骨化して何も分からないし、呪いがあるから焼いて処分してしまったらしいわ。だから彼女についてはこれ以上のことは多分出てこないのよ。その代わりにあの日の事で役立つ話が出てきたわよ」
「役立つ話? 」
「あの日なんだけど、急な配置換えとか出たのはどうも教会のせいらしいのよ」
「なんで教会が出てくるんだ? 」
「実はあの日の数日前に中央神殿から何かが盗まれたらしいのよ。それで魔法を用いて探したけど全然見つからなくて、そこまで見つからないなら、魔法対策が万全な王城に持ち込まれてたんじゃないかと思って、わざわざ王城まで調べに来たらしいわ。今の教皇は当時はまだ枢機卿だったけどあまり邪険にはできないし、他国の貴族や自国の有力者が集まってるのに、いきなり枢機卿がうろうろと調べるのも困ったものだから、警備と監視に人手を割かれて、人員に余裕があったサラクタ側妃様付きの人も持っていかれたらしいのよ」
「えっあの日、そんなことがあったのか。俺はあの日は殿下たちのそばにいたから全然知らなかったな」
「アタシもよ。今思えばアタシはブーツ卿のお兄様で騎士団長のスーニー・グラド卿の命令で突然見回りを命じられたのだけど、あれ見回りがそっちに行ったからアタシが代役の見回りになったんでしょうね。そう思うとスーニー卿も振り回されてたのよね」
「そうだな。彼は良い人だったし、ブーツ卿のためにも解決しないとな」
「それで教会は何を盗まれたんだ? 」
「機密で教えてくれないって話だったけど、危険な研究材料が盗み出されたらしいわ」
「へぇーついでにそれも聞いてみるか」
素直に教えてくれるとは思わないが、これは絶対聞いた方がいいな。
事件に関わりがないならそれでいいんだから。
それにしても陛下もまとめて情報を出して欲しいものだが、出てこなかったということは別件として扱われたのか?
まあ仕方ない。手に入ったのだからヨシとしよう。
情報がまとめて手に入らないのは探偵の宿命みたいなもんだ。
これ以上は考えても仕方ないので、また明日に教会で話を聞かせてもらおう。
◇◇◇
翌日、俺とカレウスは王都中央にある教会に来ていた。
ちなみにデートはしていないし、カレウスは部屋の前に置いてきた。
余計な者が入ってこないように、陛下からの手紙を持たせて教皇聖下のお付きの人とドアの前で待ってもらってる。
「ルドー六世聖下、ご多忙の中、お時間を取ってくださり感謝致します。レフ・アネモヌンと申します」
「アネモヌン卿初めまして。噂はかねがね聞いております。貴方のおかげで多くの老人や子供が肺病から救われました。また先日は我らの過ちを教えてくださり、ありがとうございます」
「!? い、いえ少しでも人々のお役に立てたのであれば光栄です」
まさか聖下が自ら過ちを認めるとは思わず、びっくりしてしまった。
現在の教皇ルドー六世は過激派を窘める穏和派寄りの中立なので、思想的にこの人は敵では無いからいいんだが、教会のトップが驕っていないのはすごいな。
「さて、ヴィーゼ国王陛下からの手紙にもありましたが、あの痛ましい事件のことについて何やら聞きたいことがあると。えぇあの日はわたしが悪魔の処理をしました」
「それはどのような事をしたのでしょうか? 」
「まずは神聖魔法で清めて呪いの無力化をしました。そして教会に持ち運び、聖水に浸して神聖魔法で二度と復活できないように完全に祓いました。これはあの悪魔だけではなく、全ての悪魔でこういう処理をするのです。奴らはそうしなければ呪いを撒き散らしたり、復活を遂げるのです」
「ありがとうございます。その悪魔の死体はもう焼却してしまったのですか? 」
「いえ、陛下の頼みで事件が解決するまでは封印を施して、そのままにしております」
「聖下、もしよろしければその悪魔を拝見させていただけませんか? 」
「えぇ構いませんよ。我々としてもあの事件は解決を望んでおりますので、陛下からの許可が下りているアネモヌン卿であれば問題ございません」
そう言うと聖下自らが案内をするために、席を立って歩き始めた。
その後ろをついて行きながら気になったことを聞いてみる。
「そういえば、あの数日前に何やら大変な物が盗まれたそうですね」
「えぇ恥ずかしながら賊に入られまして」
「それは大変でしたね。確か盗まれた物は研究材料、それとも危険な物だったそうじゃありませんか」
「そうですね。研究材料とはいえ、使い方を誤ると危険な物でした」
「もしかして盗まれたものは小さな瓶だったのではないですか? 」
「それはお答え出来かねます。何か事件に関係があれば話は別ですがね。さて着きました。こちらに悪魔を封印しております」
流石に答えてはくれないか。
事件に関係あればか、、、
「ありがとうございます。ここに封印されているのですか」
部屋には霊安室のように透明な棺がいくつも設置されており、その上には何やら御札が貼られている。
そして棺の中にはどれも液体に漬けられた魔族と思われる死体が置かれていた。
「サラクタ側妃の際に現れた悪魔はこちらですね」
聖下がそう教えてくれた棺を覗いてみる。
そこには肌は赤黒く、コウモリのような羽が生え、顔は牙が飛び出て恐ろしい顔をしている小柄な魔族が入っていた。
「…………っ! 初めて見ましたが、悪魔とはこのようなものなのですね」
何故かその姿を見た時に心臓が高く跳ねた。
分からない。分からないはずなんだ。
何も分からない。なのに何故か冷や汗が出る。
胃に冷たい鉄があるように、全身が冷たくなり、胃が重く、心臓が激しく痛み、呼吸が浅くなる。
いくら考えても原因が分からない。
だが理屈じゃなく、心が、魂が何かを求めている。
しかし、心臓が、心が、胃がとてつもない不快感を与えてくる。
「悪魔にも様々な容姿のものがありますが、これは下級から中級のものですね。おや? 顔色が優れぬようですな。初めて見る悪魔に驚いてしまいましたかな? 」
「ははっ。そうかも知れませんね」
心の底から心配そうにしてくださる聖下に何とか返事をする。
だが、目を離すべきだと思うのに悪魔の死体から目を離せない。
これが魅入られるというやつなのだろうか?
もしかしてこれが呪いなのか?
こんな吐き気がするほどおぞましいものなのか。
呪い? 吐き気?
なにか閃きそうなのに呼吸がどんどん浅くなる。
深呼吸をしなければ。脳に酸素を回せ。
そう思えば思うほど呼吸が難しく感じる。
あれ? 息ってどうしてたっけ?
あっやば。これ落ちる、、、
「あっ、姉上……呪いだ」
「誰ぞ! 誰ぞあるか! アネモヌン卿のお身体が優れぬようだ! 急ぎ、人を呼んで参れ! アネモヌン卿! 落ち着いて呼吸をゆっくりなされよ!」
聖下が手を当てて回復魔法を使いながら、人を呼んでくれているのが、薄れゆく意識の中でぼんやりと聞こえ、何かを壊したような鈍い音が聞こえた。
「どきなさい!! レフちゃん!」
音がしてすぐ後に、野太く、逞しい安心する声が最後に聞こえた。
状況から考えてドアを蹴破ったんだろな。怒られるぞ。
少し安心した俺は声の主に向かい手を伸ばしながらも、意識は闇へと飲まれていった。




