サラクタ側妃暗殺事件 4
南の教会で悪魔のことを聞いた翌日、俺はカレウスが持ってきてくれた裁判資料を受け取った。
「ねぇレフちゃん」
「ん? どうした?」
「ゴールマ辺境伯の裁判資料を探して持ってこさせたってのは、レフちゃんは閣下が犯人だと疑っている訳?」
「疑っているかどうかでいえば疑っている。当然だが、閣下は悪魔を倒した事件関係者だし、決定的な無罪の証拠を持っていた訳ではない。それに一番大事な事として、事件発生時に部屋に入って、現在、唯一生きている方だし、何か重要な点も言ってないかと確認するために資料に目を通しておくんだ」
「そうね。護衛の方や責任者は既に責任を負って死んでいるし、彼の証言は非常に重要になるわね」
「そういうことだ。別に辺境伯が政敵だからとか、そういう訳ではない」
一応はそういうが、俺の中でゴールマ辺境伯は犯人と関係があるのでは?とかなり強い疑念を抱いている。
当日に都合よく、政敵が城内に居て、なおかつ騒ぎが起きた際にすぐ駆けつけられる場所にいるのは怪しいからだ。
少なくとも疑うべきではある。
疑う理由としては利権、これは貴族派であるゴールマ辺境伯と国王の問題だが、姉上が推した経済支配と内部浸透は軍事力が背景に必要ではあるが、それでも軍事衝突をいきなりするよりずっと経済面でコスパがいいのだ。
もちろん軍事力も必要なのだが、今はいたずらに攻めるのではなく内政で経済を豊かにして人口を増やして、国力を高める時期と俺と陛下は考えているのだが、ゴールマ辺境伯は戦争がある方が発言力が増して、国からの予算も増え、なおかつ制圧した土地の支配などがあるために戦争をしたいのだ。
あと単純に舐められたら攻められるから、こちらから攻めようぜ!軍事力的には勝ってるんだし!的な思想もあると思う。
戦争にかかる費用や失われる人と時間を考えなければ、全然ありだが、覇権国家となるには農業革命や産業革命を起こした方がずっと早くて強くなるのだ。
なので俺はずっと姉上とそれを主張して、王子達にも軍事に偏りすぎた国の末路を話して経済の大切さを教えてきた。
つまり長くなったが、ゴールマ辺境伯からすると、国王に余計な入れ知恵をする側妃一派を消したい理由は十分にあるので、彼も容疑者の1人である。
だが証拠がある訳でもないし、利権だけじゃなくても貴族間の恨みつらみ、宗教関係、他国の陰謀なども考えたら容疑者の1人でしかない。
結局のところ俺がやっているのは、一つ一つ可能性を洗って、一番可能性が高そうなところから目星をつけているだけなのだ。
他国が裏で糸を引いて、教会が根回しをして、貴族が派閥ごと事件に関わってました。となってもおかしくないのだ。
そんなことを思いながら、俺はゴールマ辺境伯の証言を読み始めた。
◇◇◇
『事件があった日、我輩はせっかく王城に来たのでサラクタ側妃様に隣国の特産物を献上し、王女殿下の遊び相手として、近いうちに孫娘を紹介したいと挨拶に向かったのだ』
『すると部屋の付近で悲鳴が聞こえるではないか! 我輩は側妃様に何かあればこれ一大事だと急いで駆けつけた』
『なんとそこでは護衛の騎士が剣を抜いて、恐ろしい悪魔と戦っていたのだ!』
『それを見た我輩は、悪魔との戦いに慣れてない騎士達に代わり、剣を振るったのである』
『今思い返すと剣を抜いたのは短慮だったが、その時は城内なので、即座に鎮圧すべきだと考えた』
『我輩も辺境伯として長く戦ってきたので、悪魔は魔法対策をしていれば十分勝てる相手だと認識していたので、勝算があり剣を取った』
『そして隙をついて心臓を突き、倒したのだが、相手が悪魔だとすぐに分かったので教会の者を手配してもらい、我輩についた返り血や、悪魔が流した血が騎士に付かぬように、部屋に入るのを禁じて、外から見張ってもらっていた』
『その後、すぐに中央神殿の枢機卿と、馴染みがあるジュアルブ枢機卿という枢機卿が2人も来てくれたので、中央神殿の枢機卿とその部下たちに死体の処理を任せて、我輩はジュアルブ枢機卿に解呪をお願いしたのだ。王城内での戦いは以上だ。辺境伯という立場の者が軽率な行動をとったことを深く謝罪致す』
『側妃様の行方についてどう思うか? そうですな。その時は慌てていましたが、側妃様の自室で悪魔召喚の魔法陣があり、着ていた服が破けてきた時点で最悪を想定して、これ以上の被害者を出さないように悪魔の討伐を急ぎました』
『我輩が城内で剣を抜き、魔族の血で側妃様の部屋を汚してしまったことは一生の不覚。改めてお詫び申し上げます』
◇◇◇
「ふぅ、、、すまないカレウス、お茶を淹れてくれないか?」
読み終えた俺は大きく息を吸って吐く。
考えをまとめる前に気持ちを落ち着かせるために、カレウスにお茶を頼む。
「お紅茶の用意は出来ておりますわ♡ うっふ♡」
既に用意してくれるのは助かるが、何か妙にねっとりした視線を感じた。
その視線を振り払うように読んだ内容をじっくりと考える。
「なるほど。うーーん気になる点はあるが詰めには持っていけないな」
このままでは詰め切れない。
だが、俺の中でゴールマ辺境伯は事件に深く関わっていると確信をする。
彼の言動には大きな矛盾がある。
それは悪魔の討伐という行動で隠れてしまっているが、彼はやるべき行動を怠ったのだ。
間違いない。ゴールマ辺境伯は決して忠信ではない。
何故なら彼は姉上の捜索をしていない。
普通は側妃の部屋で悲鳴が聞こえて駆けつけたら、化け物に目を取られても、すぐに保護すべき側妃を探すだろう。
ところが彼は悪魔を目視で確認して、冷静に悪魔の召喚陣を確認し、破れて衣服を見つけて最悪の事態を想定する。
普通は無理だろと思うが、まあここは戦場で培った冷静沈着な判断としよう。
だが、その後に現場の封鎖をしており、普通に怪しいし、そこまで観察できるほど冷静沈着ならすぐに保護すべき者を探すはず。
そして怪しいのが悪魔召喚陣を一目でわかった、馴染みの枢機卿、これ以上の被害者という既に被害者がいる言い方。
なぜ彼は既に姉上が死んでいるという想定で動いているのだ。
状況で言えばほぼ黒だが、まだ黒では無い。
証拠を集めて言い逃れの余地を潰す。
陛下と父上なら多分、これだけでもゴールマ辺境伯を追い詰められるが、俺はこの時代より進んだ文明の知識と倫理観がある。
そしてそれを使って追い詰めるのであれば——
『十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ』
絶対的にこれを守るべきだ。
不本意ながら得た名探偵として名声、独立しているが伯爵家の継承権を持ち、国王陛下の義弟という立場で告発してしまえば、相手の人生を奪ってしまえる。
それだけは許されない。
たとえどれだけ黒に近くても1%の検討の余地があるのであれば告発せず、再検討しなければならない。
俺の魂が日本人である限り、無罪の人を有罪にするのは許してはいけないのだから。
そのためにまずは現在抱えている謎を整理しよう。
まずは消えた姉上。
密室状態の部屋、それもおそらく姉上が自分で鍵をかけた部屋から、どうやって移動したのか。
次に部屋に戻る原因となった異物の混入がいかにして行われたか。
姉上は食事中に席を立った、しかもエリクサーと解毒ポーションを飲んでいることから、食事に異物を盛られたと考えるのが最有力だけど、遅効性というのも考えないとな。
偉い人には毒味役とかいるだろし、異物混入とか難しそうだから遅効性のナニかも十分考えられる。
あとは亡くなっているとしても死因は当然不明。
亡くなっているのであれば遺体を見てみないと死因は分からないな。
人が亡くなる原因は多くあるし、怪我や病気、毒までも何とかする万能薬エリクサーと言えども抜け道はある。
前の事件のように回復力をつけて使い切らせるとか、多分呪いも別系統なので無理そうだし。
あとは悪魔の関連のことか。
最大の疑問は魔法陣はどこから持ち込まれたか。
普通に犯人が持ち込んだと思いたいけど、その場合には教会のかなり偉い人との繋がりがいる。
そう例えば枢機卿とかな。
あとは大事な点として、魔素鑑定の結果、魔素痕跡は発見されなかった。
少なくとも魔法を使って姉上をどうこうしたではない。
封印魔法という擬似的な時間系の魔法が出てきたなら、瞬間移動とかの空間魔法とかのインチキチート魔法があるかもしれないが、それが使われてないと知れたのが大きい。
マジックバッグ?亜空間収納?やめてくれ。
そこまでされたらどうしようもない。
いや、そんなのがあるとしたら消去法的にゴールマ辺境伯を吊って、俺も首を吊って対外的には俺が暗殺をして相打ちになったと言ってもらうしかなくなる。
俺は名探偵じゃない。
今まで知り得た2回分の人生の知識と、可能性が高いものから考えて、地道に捜査するしかないから、本当にそんな便利グッズ出ないでくれ。
そんなことを思っていると、部屋をノックすると同時にブーツ卿が入室して書状を渡してきてくれた。
「レフ卿!きょ、教皇のルドー六世聖下からお返事を頂いたっす!」
「レフちゃん、陛下を通して中央教会に出した使いからの返事ね?」
「そうそう。明日に時間を取るから少人数で来て欲しいだってさ」
「ならアタシと二人でデートね♡」
「明日の夕方からみたいだし、昼までにはやるべきことを終わらせておくか。とりあえず姉上の側仕えだった者たちの話を聞けそうなら聞くか」
カレウスが何か言っていたが無視を決め込む。
「ちょっと無視しないでちょうだい!寂しいじゃない!」
「えぇい!わざと無視したのが分かってるだろ!寂しいならレリヴァと遊んでやってくれ」
「あぁ〜ん!レリヴァ!ご主人様がイジメるわ〜」
「ペンッ!」
あっカレウスが無慈悲に顔面に翼で打たれた。
ペンギンの翼ってオールの役割をしてるから固くて痛いんだよな。
「……カレウス、ありがとうな」
家にいるような光景に思わず頬が緩む。
姉上の事件は大事だが、力が入りすぎても良くない。
笑うと考えすぎていた頭がスーッと晴れたのを感じて、カレウスに礼を言った。
少しリラックスしたところで、メイドさんが昼食を持ってきてくれた。
そしてカレウスとレリヴァの2人と1羽で食事をしている時に気づいてしまった。
「あっ?えっ?そういえばスープって温かいよな。昨日も温かかったな」
昨日もたしかに温かいご飯を食べて寝たはずだ。
何かが違う。俺の中で違和感が大きくなる。
温かいスープ。当たり前のことが引っかかる。
心の中で妙なモヤモヤがある。
「疲れてるの?そりゃスープは温かいでしょ。冷たいスープもあるけど、アタシは温かいスープの方が好きよ」
「あっ、、、いやそうじゃなくて、ちょっと待て。そう!スープが温かいって毒見をしてないのか!?」
毒見の文化は世界中であったし、毒が回るまでの時間経過を待つので、権力者は冷えたご飯を食べることになり、温かいご飯を食べて感動するエピソードがよく作られるのだ。
「何を言ってるの?毒見って物騒な響きはロクでもない物なのは分かるわ」
「いやだって、普通陛下に出す前に毒見役が先に食べて時間を空けてから陛下が食べるだろ?」
「料理に毒が入ってないかを確かめるなんて、そんな料理長の名誉に関わることをする訳ないでしょ。しかも毒殺なんて対毒装備して、ポーションまで備えてる王族に効く訳ないでしょ!」
「あっ……」
何かが胸にストンと落ちた気がした。
そうだ。この世界には毒耐性が付く装備品やポーションがある。
なら毒も注意していれば危険度は高くないし、毒耐性で弱いものは無毒化して、強くても即死しなければ魔法やポーションでどうとでもなってしまう。
なら異物を混入させる隙はある。
そして違和感を覚えたから姉上は自室に戻り、エリクサーと解毒用のポーションを飲んだ。
「カレウス!姉上付きの侍女の現在、そして家族構成、出身、とにかく情報を集めてくれ!姉上の侍女に暗殺の共犯者がいる可能性が高い!」
俺の認識とこの世界の認識がズレていた。
カレウスも俺の形相に驚いたのか、すぐに立ち上がり、女官長か家令の元へと走ってくれた。
俺はこの間に考え直す。
あの日は確か自国の貴族に隣国の貴族や仲介をした教会の偉い人もまだある程度は残っていて、警備や見送りなどでバタバタしていた。
当日の急な配置換えやトラブルでカレウスは姉の元から離されて、俺は殿下達のそばにいて、経験豊富な姉上の侍女も応援に駆り出されていた。
「おいおい。これは予想以上に練られた計画だったんじゃないか。あの日は隣国と、仮想敵を同じとするゴールマ辺境伯も出席していたので当然、辺境伯の家の者もいたはずだ」
「やれるか?いや、条件は揃っている。成功する確率は高くは無いが、無理というほどではない。忙しさに乗じて成功したら儲けものだし、失敗しても犯人と疑われにくい」
「いや落ち着け。まだ出来るだけだ。何も証拠は無いし、さっきと何も変わっていない」
早く気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
だが俺の胸は激しく昂り、酷くうるさい。
細かいことはまだ何も分からない。
しかし、どういうことが起こったのかという道筋は見えた気がした。




