サラクタ側妃暗殺事件 1
◇◇◇
カレウスが事件を解決してくれた、その日の夜に俺は陛下と面会をしていた。
「レフ、よく来たな。サラの事件調査書の原本の写しはそこにあるから後で目を通してくれ。言うまでもないが、機密情報が含まれているので取り扱いには注意せよ」
「承知致しました。例えばサラクタ側妃様の遺体が見つかってないことと、出現した魔物の種類が公表されていないことなどですか?」
「その通りだ。それと現場は封印して時を止めているので、入室する際は必ず私かクリュが付き添いの上で、宮廷魔法使いを連れて行くように」
「承知致しました」
封印か。陛下もかなり思い切った事をなさったのだな。
本来は宝物庫などに使われるが、事件現場ごと封印してるってことは、思うところがあるんだろう。
公式には解決済みになっている事件なのだから、部屋を清掃すればいいのにしてないのは、そういうことなのだろう。
俺は一礼して資料を受け取り、陛下に用意してもらった客室、カレウスとレリヴァが待つ部屋に帰ることにした。
◇◇◇
サラクタ側妃失踪事件資料。
そう書かれた冊子を目に通して事件概要を掻い摘んで、カレウスとレリヴァに聞かせる。
「被害者であるサラクタ側妃は食事中に突如退室。自室に戻り、護衛の二人を部屋の前に待機させた。約五分経った頃に部屋からサラクタ側妃の悲鳴が聞こえ、鍵のかけられた部屋に護衛が突入するために扉を破壊。悲鳴が聞こえてから突入するまでの時間は三分ほどだったとのこと。室内に魔物が出現しており、その足元には大量の血痕と、事件当日にサラクタ側妃が着ていた衣服が破れて散乱していた。また付近にはいくつかの瓶が割れていた。護衛たちが魔物に苦戦していると、騒ぎを聞きつけたゴールマ辺境伯が魔物を討伐。討伐後、ゴールマ辺境伯により教会に通報され、魔物の遺体は教会が回収することになった」
これが、当日の様子らしい。
次は現場の情報か。
「部屋からは魔法陣が発見され、魔物はここから現れたのではないかと推測される。また部屋の中は戦闘の影響で荒れており、いたるところに血痕が付着し、荒れた部屋の中から持ち出されたものがあるかは不明。室内には魔法陣以外に不審なものはなかった」
これが現場の様子のページだな。
次は結論か。
「……姉上が心を病んだか、何かしらの悪意を持って魔物を召喚したものと思われるが、現在も調査中である」
さすがになんの根拠も無い。
そりゃ陛下も未解決事件としている訳だ。
……だが心を病んだか。
確かに歴史上には心を病んで、人が変わったように残虐な行動をした者たちもいる。
また病気の後遺症で変わってしまう人もいるらしいが、姉上に関してはそれはなかったはずだ。
精神面のことは絶対とは言い切れないが、病気に関してはエリクサーがあったからないとは思うが、もしかしたら脳の病気で、症状が分からず、回復魔法やポーションでの治療をしていなかった可能性もなくはない。
だが、可能性としてはかなり低いだろう。
そばにいた俺から見て、子供たちを愛していたし、何か大きな変化も見受けられなかった。
俺がせめて他殺であってほしいという気持ちがあるかもしれないが、それでも疑わしい点があることは間違いない。
「とりあえずこんなもんだな。ちょっと情報が少ない気がするが、遺体もないならこんなものなのだろうか?」
以前に父に見せてもらった資料と比較して、かなり詳しいことが書いてあったが、それでも意図的に伏せられている部分があった。
「ねぇ、特に気になったんだけど、何故ゴールマ辺境伯が教会に通報したのかしらね?」
「確か裁判で言ってたそうだが、特殊な魔物で教会に引き渡すのが法律らしい。実際、一部の危険な魔物は教会が出張ってくるらしいな。そもそも陛下も教会に引き渡すのは合意したらしい。……裁判の議事録も見せてもらうか」
「ねぇレフちゃん。これ魔物としか書いてないわね? 普通、大事件の公式資料に正式名称を書かないとかある?」
「ない。これ意図的に隠されてる。けどまあ考えてみたら候補は多くないぞ。これだけ見ても分かる人は分かるようにされてる」
「えっ嘘、なんで分かるのよ!」
「チッチッチッ。考えてみたまえ。魔法陣で呼び出せて、室内で戦える大きさで、教会を呼ぶことになる。そうなると選択肢はかなり絞られる。その上で秘匿にすべき魔物は少ないからな」
「なるほどね。そういえば中央教会には数多くの吸血鬼、悪魔、そして上級魔族が清められて葬られているらしいわよ。こないだクリュザンテーメ様とお話しした時に聞いたわ」
「上級魔族か、、、」
魔族とは亜人とは違い、積極的に人を襲い、人を喰らう生物である。
生物学的には人間寄りだが、生態は魔物に近く、魔神によって生み出された人類の敵だと言われている。
亜人はエルフやドワーフ。
魔族は吸血鬼、サキュバス、悪魔、それらに属さない人を襲う人型の生物を指す。
ちなみに上級などの等級は生きた年月と強さで教会が決めているらしい。
教会は魔族を不倶戴天の敵と言っており、全滅させるまで戦うと宣言している。
恐ろしいことに過激派ではなく、標準でこれなのだ。
まあ実際、明確な捕食対象として襲ってくる魔族は、昔から人々の暮らしを守り、生活を支えて、聖典で知識を伝えてきた彼らにとっては許せないのだろう。
長年敵対しているから、魔族に対して強い警戒と深い知識を持っており、それ専用の特務部隊まで備えている。
「ちょっと魔族についても聞いた方が良さそうだな」
「そうね。よく行かせてもらう南の司祭様に聞きに行く? 多分、あの方は特務部隊の出だから、アタシたちより詳しいでしょうし」
前も思ったがなんで特務部隊出身だと分かるんだ?と思ったが、魔力の質や立ち方とかが違うのだろうか?
まあちゃんと訓練を積んだ騎士のカレウスが言うなら、きっと俺には分からない判断のポイントがあるのだろう。
「そうだな。優先順位的には現場捜査の後になるが、聞きに行ってもいいかもしれないな」
「じゃあ先に殿下に連絡取っておくわね」
カレウスはそういうと書をしたためて、使用人に預けていた。
王族を気楽に呼んでいいのかと思うが、陛下が王族の同行を必要としたならば、相応の理由があるのだろうな。
翌日、俺とカレウスはかつての姉の部屋に陛下と来ていた。
陛下のそばには黒いローブに身を包み、何故か顔を覚えられない魔法使いの男がいた。
これ魔法か魔道具で細工されてるな。
まあ封印魔法を使える魔法使いなんて、重要だから身バレしないためにそりゃ顔を隠すよな。
……現実逃避はこんなものでいいか。
何故、御身が来てるんだ。と言いたげな目を向けてこの国のトップの方を見た。
「何も御身自らが、私たちなどに付き添わなくても……」
「何を言うか。側妃とはいえ愛した妻の部屋に義弟と護衛の者とはいえ、知らないうちに入れたくないと思う男心は普通のことであろう」
「それはそうかもしれませんが、業務に差し支えはないのでしょうか?」
「うむ。レフが言ってたように俺がいなくても国が回るように下の者を育てているし、何よりそなたの父であり、俺の義父でもあるサウダーデ前伯爵に雑務は丸投げしたからな。今日はこれが終わると子供たちと時間を取ってゆっくりするつもりだ。そなた達も気を楽にしていいぞ」
特にレフ、お前な。と陛下が目でものをいう。
陛下もまだ30歳くらいだし、息抜きをしたい時もあるのだろう。
仕方ない。少しこちらも寄り添ってあげよう。
「それでは今だけ義兄上とまた呼ばせていただきます」
「それでいい。さてそれでは部屋に入るとするか」
陛下がそう言ってドアノブに手をかけて、扉を開いた。
「先に言っておくが、この部屋の封印は登録者以外は解けず、扉を開けられないようにしているし、封印を解くのはあの日以来だ」
「その日のうちに部屋を封印したのですか?」
「あぁ。どうせ中で説明することになるが、この部屋に出現した魔物は悪魔だ。部屋の中に悪魔召喚の魔法陣がある。万が一、また出てきても困るから部屋ごと封印したのだ」
「教会に渡さなかったのですか?」
「原則としては引き渡すべきだが、未解決事件であり、重要な証拠品だからと引き渡さずにそのままにしたんだ」
そうか。陛下もまだ姉上をちゃんと想ってくれているのだな。
それにしても悪魔か。
よりにもよって悪魔ねぇ、、、
上手く言葉にできない引っ掛かりを抱えながら、俺は事件現場に足を踏み入れた。




