名探偵カレウス 6
「さて何故叔父上、レフ卿が犯人に仕立て上げられそうになっているかでしたね」
クリュザンテーメ殿下が用意した応接間でアタシ達はお茶を飲みながら本題に入る。
彼女は楽にしていいと言ってくれたが、サラクタ様の面影がある彼女を前にして楽になどできなかった。
ちなみにアタシの横ではブーツ・グラド卿がカチコチに固まっているわ。
デルン伯爵令嬢はいつも通りだが、あのペンギンは殿下の足元に擦り寄って撫でられている。
今度、下味つけて揚げてやろうかしら。
「その前に1ついいかい?」
「もちろんです。何でしょうか?」
「何故私の婚約者である少年、いやレフ卿の前と今とでは話し方が違うのだろうか?」
この女、聞いたわ!?
なんなら元婚約者なのに、ちょっと見栄張って婚約者って言ってるじゃない!?
いくらデルン家は変人奇人を地で行く家でも、姪っ子に大人気なく警戒するのはどうなのよ!
「あぁ先生はこういう元気な子の方が好きなのですわ! 明るくて自分に懐いてくれる子がきっと好きだからですわ!」
あらやだ、、、寒気がするわ。
早く帰って休みましょう。
せいぜい勝手に争ってなさい。最後に笑うのはアタシよ。
そんな捨て台詞を高笑いしながら言ってやろうかと、道化になることを考えていたら救いの手が差し伸べられた——
「グェッ!グェ!グェェェ!!」
正しくは救いの翼だった。
この場でもっとも権力とは程遠いところにいる鳥が、嫌な空気を振り払うように、殿下の手を離れてアタシの持っていた自前の手帳を、くちばしで器用に引っ張り出した。
それはさっさと事件の話をしろと言わんばかりの行動で、アタシの胃は救われたが、隣のグラド卿は青ざめていたわ。
「冗談ここまでにしましょうか。あれは母があんな感じにいれば叔父上が喜んで、本気で守ってくれるから多少馬鹿っぽい子をしているだけです。ほら馬鹿な子ほど可愛いと言うでしょう」
「では本題の叔父上が狙われた理由ですね」
ようやく本題に入ってくれるみたいね。
もぅ!原稿用紙2枚ほどの無駄な時間を過ごした気がするわ。
「おそらく1番狙いやすく、大きなダメージを王家とアネモネー家に与えられるからです。そしてそれをして利がある勢力はゴールマ辺境伯を筆頭とした貴族派、それと教会です」
貴族派ってのは王家の力を削いで、貴族の発言力を高めたい人達ね。
自分の領地の裁量を守りたい人たちで、自分たちである程度の政策を行いたい。
現場を知らない王家に任せると、現場が混乱するというのが主張だったわね。
特に辺境伯は有事の際に軍を動かすのに、中央の指示なんて待ってられないし、その土地に合わせた政策をして、攻め取った土地を治めたいから貴族派になるのよね。
「貴族派と王権派の争いは置いておいて、教会の話をしましょう。教会は色々あるのですが、現在王家が進めている政策への反発、王権が不安定な方が信者は教会に助けを求めるなどがありますが、今回は間違いなく教会の過激派が噛んでいます」
物的証拠がまだないのに断言するということは、余程の確信があるのね。
「そもそも被害者のナタリア修道女は教会の人間で、しかもレフ卿が分かりやすく恨みを持っていると説明出来る。普通に考えて、ゴールマ辺境伯も後妻に迎えるからと、王城に挨拶に来る理由はありません。生家であるリーエン家と教会に話を通して還俗させ、王家には必要な書類を出すだけでいいのです。国境に位置する辺境伯が、さして身分も高くない後妻を連れてわざわざ王城に来るのはまずありません」
「どう考えてもこれはレフ卿を陥れるために用意したものです。あまりに不審なので手の者に調べさせたらナタリア修道女が所属する修道院は、ゴールマ辺境伯の治める土地ともやや距離があり、その教会は過激派のジュアルブ枢機卿の管轄内です。どう考えても最初から殺害目的で、レフ卿を陥れるのを狙ったと思うのが自然だと私は見ています」
確かにそれが自然よね。
だけど、それなら何故殺されたナタリア様は王城に来たのかしら?
多少軽率な所があるお方でも貴族の子女であるなら、婚約は政治的な意図を真っ先に考えるでしょうし、普通婚約の挨拶に来るにしても還俗してからよね。
仮に流されて来てしまったとしても、犯人もナタリア様を殺してレフちゃんに冤罪を被せるかしら?
ナタリア様とレフちゃんの両方に恨みがあるとか?
「あとは今日、教会に不穏な動きがあるとレフ卿には伝えていたのです。なので王城に来てもらい、数日間はこちらで匿い、教会の様子を窺うつもりだったのです」
「なんですって。教会の不審な動きとはどのようなものなのでしょうか?」
「どうも王都の中央教会にジュアルブ枢機卿やその配下の過激派が、頻繁に出入りしているのと、何やら只者では無い者たちもかなりの頻度で中央教会に出入りしているらしいのです。あそこは我が国で最も歴史があり、そして良くない物もある教会ですので狙われる理由もあります」
驚いたわ。
どうやっているかは知らないけど、中央教会なんて人の出入りが元々多いところまで監視出来ているのね。
しかも言わなかったけど、只者では無さそうな者って教会の特務部隊とか、クーデターのための傭兵とかの可能性もあるのでしょ?
監視してるって、もしかしなくても教会も仮想敵の一つなのね。
「ちなみにあの教会には我が国に出現した多くの悪魔や吸血鬼、上級魔族が清められて葬られています」
「えぇ!? は、初めてお聞きしましたわ」
びっくりするアタシとグラド卿。
そして知っていたのか眉一つ動かさないデルン伯爵令嬢。
上級貴族は知っているのか、それとも彼女たちだから知っているのか。
多分、後者でしょうけどね。
「王都以外で出現した場合は、枢機卿が管轄する大教会で清められるのですが、この辺は機密が多くて私も知らない部分が多く、特に悪魔や魔族に関わることは教会では枢機卿以上、貴族社会では両陛下、王族、公爵家当主くらいしか知らないのです」
「ふむ。私もその辺はほとんど知らないし、開いて体内を観察したことくらいしかないが、それが今回のことと関係あるのですか?」
「いいえ。まだ分かりません。しかし、少なくとも教会が妙な動きをしているのは事実です。杞憂であればそれで構いません」
殿下はそういうと紅茶に口をつける。
あら? 横では話についていけなかったグラド卿が空になったカップを持ち上げているわ。
まったく。貴方のお兄様はもっとヤバい話を澄ました顔して聞き流していたのだから、出世したいなら貴方も慣れなくちゃダメよ。
「失礼、お茶が冷えてしまったから新しいのも貰ってもよろしいかな?」
「じ、自分もお願いするっす」
デルン伯爵令嬢がそういうと、彼も便乗して新しいのを貰う。
給仕の方がサッと暖かい物を淹れてあげている。
「アタシはネコ(舌)なので結構ですわ。お心遣い感謝致します。んっ?」
アタシのも淹れようとしてくれた給仕さんに断りを入れると、何か引っかかりを覚えた。
なんで温かい物を出せるのかしら?
ここにはお湯を温め直すものなどないはずよ。
「失礼、そこの給仕のお方。魔法が弱化する城内で、どうやって温かい紅茶を出せるのですか?」
そう言うと給仕さんは少し困った顔をしたので、聞いたらまずかったのかなと思ったら、殿下が割って入ってくれた。
「あぁそれは私が答えますわ。ある程度は知られていますが、機密なので内密にお願いしますね」
「王城内では魔法が非常に弱くなるのはご存知だと思いますが、ある一定以下の魔力だと実は影響を受けないのです。完全に魔法を禁止することもできるのですが、そうすると下の者が大変なので、弱い魔法は使えるようになっています」
なるほど。いわゆる生活魔法や基礎魔法と呼ばれる簡単な魔法で火をつけたり、水を出したりするものは影響を受けないのね。
このレベルの魔法は誰でも使えるから、使えた方が便利だものね。
「それと火事にも備えて、水魔法は結構制限が緩めなので、夏場でも冷たい水や氷を用意できます」
「あらそれは便利ですわね。お城の氷は魔法で出せてしまうのでしょうか?」
「氷は危ないので、少し手間ですが水を魔法で出してから凍らせるようにしているらしいですわ」
ほんと凄い技術ね。
これって特定の魔法をピンポイントで調整出来てるんでしょ?
ここの騎士だったのに全然知らなかったわ。
アタシはあんまり考えたこと無かったけど、レフちゃんは知ってそうよね。
「お城の秘密を教えてくださり、ありがとうございます。ちなみにこの話は知っている人は多いのですか?」
「結構いますわ。少なくとも王城に勤める者は知っているでしょうし、似たような対策は上位貴族の家ならしているはずですので、知っている方は多いはずです」
「そ、そうなのですね」
そ、そういえば火災の際は水魔法使えるとか何とか言われた気がするわ、、、
アタシ、魔法はあんまり得意じゃないから忘れてたわ。
ドアノブの魔素痕のこともあるし、この話とさっきの教会の話は覚えているうちにメモしておきましょう。
さて、そろそろお暇して事件を考えましょうかね。
レフちゃんの手帳を持ってきてるけど、隠してたところを見ると人前で見ない方がいいやつでしょうし、早く帰って目を通した方が良さそうね。
「殿下、貴重なお話をありがとうございました。アタシはレフ卿のために、命をかけてレフ卿の無罪を勝ち取ります」
「グェッ!」
アタシがそう言って席を立つと、ペンギンも殿下の傍から離れて、机に身体をぶつけた。
「もぉ〜グラド卿の紅茶が零れちゃったじゃない。火傷はありませんか?」
「だ、大丈夫っす!」
まだ緊張してるみたいね。
これなら熱湯かけても大丈夫と答えそうね。
「グェッ!グェェ!」
「何よ? どうしたのよ?」
普段は大人しい鳥畜生が、何やら机に向かって鳴く。
魔素痕のこともあったし、何となく机を見ると、そこには衝撃で少し零れた紅茶の水滴しかない。
「グワワッ!グワッ!ペペペッン!」
うーーんくちばしと羽を見ると、紅茶そのものに何か言いたいようね。
「この零れた紅茶に意味があるのね」
「ペン!」
紅茶。零れた紅茶。零れたお茶。零れたお湯。
んっ零れた?
「えっ? あっ! そういうこと!?」
零れるというのは基本的にいっぱいになって溢れたということよね?
アタシはこの王城で溢れた可能性があるのを見たわ。
なるほど。それなら確かに説明がつく。
溢れさせる必要はないが、満杯まで入れる必要があるもの。
一つ謎が解けたわね。
ふふっこれはなかなか楽しいじゃない。
レフちゃんが文句を言いながらやるのが分かるわ。
「やるじゃないレリヴァ」
まだ真相は分からない。
だけど、一歩。 それも大きな一歩をアタシは踏み出した。




