名探偵カレウス 4
「おや君はレフ卿のメイドだね。検死結果を聞きに来たのかい?」
「覚えてくださり光栄ですわ、グナー様。お察しの通り、レフ・アネモヌン卿に代わって、事件の謎を解くためにお話を伺いに参りました」
「私は礼儀作法など拘らないから楽にしてくれていいよ。検死の結果なんだが、特に奇妙な点として胃の内容物からポーションが検出された」
「お心遣い感謝致しますわ。ポーションが胃に? グナー様をお疑いするわけではないのですが、そのようなことが分かるのでしょうか?」
「ポーションとは要するに体内の魔力と反応して発動する回復魔法だと思ってくれていい。胃の中を開いて魔素鑑したら反応があるから、飲んでから1日くらいは魔素痕が残るよ」
「つまり刺されたナタリア様はポーションを飲んだが、助からなかったということでしょうか?」
「そうじゃない。彼女の刺し傷を確認すると、彼女より身長の高い者が背後から刃物で突き刺したんだ。その際に心臓が傷ついており、ほぼ即死に近い状態だったはずだ。つまりポーションは致命傷を負う前に飲まれている」
「例えばですが、ポーションを先に飲むことによって、胃の中に残っていれば傷ついても治るということはございますか?」
「今のところそのような事例は聞いたことないな。胃に入ると勝手に反応して、ポーションの効力を全て使ってしまうのが現在出回っているポーションだ」
「なら考えられるのは1回目はポーションで助かったけど、2回目で殺されてしまったとか、関係ないところで飲んでたとも考えられますわね」
「それと大事な点としては、遺体の衣服、つまりは着ていた修道服なんだが乱れもなく、抵抗痕が見られなかった」
それは全部、大事なことね。
どう大事になるかはよく分からないけど、少なくとも正面から揉み合ったりしてないということね。
なら部屋を出ようとしたところを背後から刺されたというのは、間違っていない気がするわ。
あら? そうなると、部屋に落ちていたポーションは一体?
それにしても、アタシには部屋のポーションも飲まれているポーションも、ドアノブの魔素痕の意味も分からない。
レフちゃんなら、、、と思うけどダメね。
相棒としてアタシが解決してあげなきゃ。
グナー様に聞くべきことは多分聞けたので、内容をメモして部屋を出ようとした時、ドアが開いて誰かが入ってきた。
「失礼するよ。グナー嬢、そろそろご遺体を引き渡していただきたいのだが、よろしいですかな?」
うわぁ、、、最悪。
こいつ、教会の人間じゃない。
ん? このお上品な純白の衣服に不浄を払う銀の刺繍が施された服ってことは枢機卿じゃない!?
枢機卿って全員で10人くらいいるけど、教皇の次に偉い立場の人間がなんでこんなところに来てるのよ!
関わっていいことないし、控えてやり過ごしちゃお。
「これはジュアルブ枢機卿。検死は終わったが、まだ報告書を書き終えてないからもう少し待っていただきたい」
「そうですか。彼女の無念を晴らすためにもお願い致します。頑張っている貴女には飴ちゃんをあげましょう。あとそこに立っているメイドさんにも飴ちゃんをあげよう。甘いものは幸せを感じられるからね。沢山持っているから遠慮はいらないよ」
「ありがとう。飴は好きなんです」
「……お心遣いに感謝致しますわ」
枢機卿はアタシに飴を手渡すとそっと微笑む。
「そこのメイドの君に救いがあることを祈っているよ。ではまた来るので、その時には遺体の引き渡しをお願いするよ」
「……っ!」
こいつ! 過激派ね。
こいつらの言う『救い』なんて神の教えに従え。
男が女のような姿をするな。神に与えられた姿に戻れってことでしょ。
アタシは好き好んでこの格好を選んだのよ。
この選択を誇りこそすれど、恥じて救いを求めることはないわ。
過激派はやれ錬金術は神の意に反するだの、同性愛や男装、女装をやめて神に与えられた性をまっとうしろだのホント煩いのよね。
「カレウス卿、ここにいたばかりに嫌な思いをさせてすまないね。あの人は私にも言葉遣いを直せだの、女がアレするな、コレするななど、いちいちうるさいんだ。悪い人ではないが、私のような変わり者から見ると嫌な人なんだ」
「お心遣い感謝致しますわ。けどアタシはこの姿を恥じることはなく、望んでしていますので、周りから何か言われても気にしませんわ。我が主たるレフ・アネモヌン様、その姉君で、陛下の側妃であらせられたサラクタ様に救われて以来、周りの雑音に心を惑わされませんわ」
「ほう? もし良ければ報告書を書きながらで悪いが聞いてみてもいいかい? サラクタ様の友人として、レフ卿を愛する者として、君のことも知っておきたいのさ」
「つまらない話ですが、お話させていただきますわ。アタシは昔から心の中に違和感を抱えてきました。しかしそれを言えぬまま、生きておりました」
別に理解されなくても構わない。
けど、大切な想い出をどうやって話そうかは悩むわね。
「難しい顔をする必要はないさ。君の言葉で話してくれ」
「まあ彼は何と言ったかはだいたい分かるがね」とグナー様は笑う。
そうね。彼女も伯爵令嬢という立場でありながら、医療現場に立つどころか、検死をするという、通常の令嬢では考えられない変わり者。
レフちゃんはアタシと似たような言葉をこのお方に言ってそうね。
◇◇◇
「サラクタ様付きの騎士となってしばらくしてのことでした。サラクタ様が仕事を終えてレフちゃんとお紅茶を飲んでいた時に、突然アタシの方を向いておっしゃったのです」
「ねぇカレウス卿、貴方お化粧や女性の服に興味があるの?」
「それはアタシが誰にも言ったことはなく、人前では決して悟られぬように隠していたものでした。騎士としてあるまじきことを主に悟られたと思い、冷や汗が止まらず、心臓は酷くうるさく、過呼吸になり吐きそうでしたわ。初めて人を殺した時よりも動揺しましたわ」
思い出すだけで吐きそうになるわ。
あの時は本当に最悪がよぎったのよね。
強さと清廉潔白を求められる宮廷の騎士として、このことがバレたら解雇、実家からの縁切りだけで済めばいいけど、王や側妃様にまでご迷惑をかけるかもしれないと思ったら、比喩じゃなくて呼吸止まっちゃったもの。
「側妃様、流石に唐突すぎますよ。騎士様が困っております。申し訳ありません。出過ぎたことを申しますが、側妃様は純粋な好奇心で聞いただけであり、これによって何か騎士様に不利益になることはありませんし、個人のことなので無理に答える必要などありませんからね」
「ちょっとレフ。今は私的な場なのだからちゃんとお姉ちゃん、またはお姉ちゃまと可愛く呼びなさい」
「姉上、さすがに2児の母がお姉ちゃま呼びされるのはどうなのですか、、、」
最近、側妃様のお子様の世話役として雇われたという、実家を継母に追われてトラブルの最中にいるという腹違いの弟であるレフ様と仲の良い姉弟の会話。
そんなありふれているかは分からないけど、仲の良い会話でアタシは責められている訳ではないと理解できた。
「……恥ずかしながら興味がない訳ではありません。しかしなぜ分かったのでしょうか?」
この時は自分でも声が震えているのが分かったわ。
陛下に騎士として任命された時より声が出なかったもの。
「そうねぇ? 最初は私や侍女を見てたから女好きかと思ったけど、貴方の瞳に下心はなくて、何とか覆い隠していたけど羨望の眼差しがあったからかしら? そうね。レフが私のお菓子を見て、興味ありませんよって澄まし顔してる時の感じかしら?」
「うぇっ!?」
いきなり飛び火したレフちゃんは、いつもの大人びた顔ではなく、アタシが初めて見た年相応の少年の顔をしていた。
「サラクタ側妃様のご慧眼に深く感服致します」
「あぁそんなかしこまらないでいいのよ。もしカレウス卿が望むなら、騎士じゃなくて侍女として雇えるわよ? 私の周りの者は私が好きにしていいし、もし実家や世間体が心配なら少し手間だけど、死んだことにして、侍女として私やアネモネー家で囲ってあげられるわ」
「し、しかしそのような事は側妃様やアネモネー伯爵家の評判に関わります」
「しょうもない評判と、カレウス・ベルフラワー卿を比較したら誰だって卿を取るわよ。それに私のわがままだけど、私は周りの人には笑って、満足して死んで欲しいの。カレウス卿ほどの人がそんな好きな格好もできない不自由に生きていて欲しくないもの。レフちゃんもそう思うでしょ?」
「私ですか? そうですね。少なくとも化粧は戦化粧で男性もしますし、経典には服装に関する定めはありません。そういう意味でも問題ないですし、何より好きな服も着れないなんてつまらないじゃないですか。興味があるなら好きな服を着て化粧をすればいいんですよ。誰に迷惑をかける訳でもないですし、個人の服装なんて時と場所と場合に沿っていれば、普段はドレスだろうがメイド服だろうが好きな格好をすれば良いと思いますよ」
胸に抱えていた違和感がストンと落ちた。
そしてアタシの尊厳を抱きしめられたような温かさがあった。
少し遅れてこの気持ちを理解した。
アタシは騎士としての使命感ではなく、心から主にこの身を捧げたいと思えた。
「……お心遣いに深く感謝致します。しかし、今の身分だからこそ守れるものがございます。この身が朽ちるまでお守りすることを誓いましょう」
◇◇◇
「とまあこのような感じですわ。もっともアタシは誓いを守れず、王に暇を頂戴して、レフちゃんにお仕えしたら、アタシのことを忘れていたんですよ!」
「なるほど。あのお方と少年らしい話だな。しかしあの物覚えのいい少年が騎士のことを忘れるかい?」
「あぁそれは簡単ですわ。レフちゃんは教育係として後宮やその付近で過ごしていましたが、アタシのメインはサラクタ様の外出時や公務の際に付き従って護衛していたのと、男性騎士なので後宮付近には近づくことはありませんので、まともに話したのはこの時くらいですもの」
「それはそうだね。よし! 私も報告書ができた。提出ついでに少年の様子を見に行こう。君も私について来るといい。私の付き人なら堂々と彼に会えるさ」
「お心遣い感謝致します」
「なに構わんよ。少年と結婚したら、君もうちに仕えてもらうからね。大丈夫さ。少年が罪に問われると言うなら、うちが後ろ盾として何とかしよう。こういう時のためにさるお方に言われて検死をする際に、不審な点があっても見て見ぬふりをしてるんだ。それを公開すると脅してでも絶対に助けて、あわよくばうちに婿入りしてもらう」
そこには普段の気だるげな令嬢ではなく、恐ろしくドロっとした感情を持つ恋する乙女がいたわ。
レフちゃんは罪な男ね。
グナー様やクリュザンテーメ様に大事に思われてるのに、それに見て見ぬふりをしてるんだから。ほんとダメな男ね。
それはそれとして、事件の話をレフちゃんからも聞きたいし、アタシが知った情報を伝えたいからレフちゃんに会いに行かなくちゃ。




