名探偵カレウス 2
◇◇◇
レフ・アネモヌンが殺人の重要参考人として拘束されたという報告は城内ですぐに広まり、その日の夜には国王陛下の知るところになった。
「父上。既にお聞き及びだとは思いますが、わたくしの叔父であり、父上の義弟であるレフ・アネモヌンが拘束されましたわ」
「聞いている。迂闊にも嵌められたみたいだね。それでわざわざ執務室まで来てどうしたんだい?」
レフの姪であるクリュザンテーメ・ヴィーゼが父王であるノブルドーノ・ヴィーゼと向かい合っていた。
「今回の件は教会に不穏な動きがあると聞きつけ、すぐに叔父上を呼びつけた私の動きを想定されて起こされたものです。罰は如何様にも受けますので、どうか叔父上に早まった判断を下さないでください」
「……私が特権を振りかざすのは簡単だ。だがそれは様々な者の不平不満を抱え込ませることになる。何よりそれでは我が国の騎士団が真実を探せないと言っているに等しい。いいかい。下の者を信じるのも上に立つ者の資格だ」
「それに君はあのレフ・アネモヌンがバレバレの殺しをすると思うかい?」
「それは……。まずありえないでしょう。探偵と名高い叔父上が露骨な殺人など考えられませんし、彼はそのような愚かな人物ではありません」
「随分と彼を信頼しているみたいだ。教育係として良くしてくれたのだろう。しかし、君は1つもっと大事なことを忘れているよ。レフ・アネモヌンは錬金術師だ。もし、人を殺してしまっても、人間の死体なんてバラバラに分解して適当な物に変えてしまえるのに、それをしてないなら彼は犯人じゃないさ。王城内では大規模な魔力は使えないが、錬金術は理解して分解して再構築の工程を知識に依存した魔力でおこなえる。彼ほどの知識なら王城の中でも人間を分解してみせるさ」
「そんな!? いくら叔父上でも人間の構造を理解しているなど、、、」
「いいかい。我が義弟たるレフは現在の我々より高い明らかに水準の知識を持っている」
それは探偵が犯人を指摘する際のように、確信に満ちた声だった。
「これはグナー家、君の母たるサラとも共通の認識だったんだが、彼はあまりに過程を飛ばして結果を出しすぎている。肺病に効くポーションもあまりに早く結果を出した。そこに届くまでのアプローチの正確性は、既に結論を知っている人間が、試行錯誤して過程を導き出したというのがグナー家の結論だ。そしてサラクタを通した政策も、こう言っては何だが伯爵家の庶子程度で出てくる物ではない。あれは統治者として何年悩んだ末に導き出すか、たくさんの歴史から学び、知識として知っていないと、導き出されない視点の話だ」
この国のトップたるノブルドーノ・ヴィーゼは最高峰の教育を受けて、数多くの賢者と呼ばれた人を見た。
その知識と目を持って言えるのはレフ・アネモヌンという人物のありえない知識と考え方であった。
経済支配と内部浸透による侵略政策。
確かに古来からある政策だが、それは局地的なものだ。
あくまでも軍事衝突を有利に進めるためのものでしかなかった。
しかし、レフは軍を抑止力や最後の詰めとして、必要があれば使う程度の認識だった。
経済支配と内部浸透を大規模な国単位にするなど、聞いたことも、考えたこともなかった。
この考えは実際に上に立つ者が考えなければ、出てこないタイプのもので、いくら高等教育を受けていても、当主になるための教育を受けず、敵地との前線に立つ貴族ではないアネモネー家の者から出てくる発想ではない。
そして何よりも彼は錬金術師としての腕前が高すぎた。
錬金術に必要なのは何よりも知識、そして多少の閃きだ。
いくら賢者の石があるとはいえ、エリクサーなどというおとぎ話の産物を当たり前に作れるわけがない。
彼は賢者の石のレシピが分からないから、レシピは分からないと言っていたが、逆を言えば賢者の石以外に必要なものを知っている。
エリクサーはとても強力な効果を持つが、錬成を失敗すると猛毒になってしまうのは王家に秘伝として伝わっている。
そのエリクサーを大量に作れたのは間違いなく人体に対する深い知識があるからで、ノブルドーノ国王が知っている限りでは、人体の構成成分など誰も知らない。
エリクサーは人体を研究している専門の錬金術師かつ豊富な魔力の持ち主が文字通り命を賭けて錬成し、1本しか作れなかったものをレフは大量生産したのだ。
どう考えてもこの国にある全ての医療関係者よりも人体への知識があることを示していた。
つまるところノブルドーノ国王陛下とグナー家はレフが何者かは知らないが、現在の自分たちより遥かに高い視点と知識を持っていると確信していた。
「分かりましたわ。では叔父上の無罪を確実にするためにカレウス・ベルフラワー卿にこの件に対する捜査権を与えてください」
「……よいだろう。ヴィーゼ王国第16代国王ノブルドーノの名において、騎士カレウス・ベルフラワー卿に対して、レフ・アネモヌン名誉爵の殺人の容疑が晴れるまで、この事件への捜査権を認め、入城許可を与えるものとする」
「感謝いたしますわ」
カレウスはレフの側で事件をずっと見ており、彼ならばレフの知りたいことを調べて、正しく意思疎通してレフが間接的に捜査する際の手足となってくれるであろうと、クリュは考えた。
安楽椅子探偵のようなことをレフにやらせようと、カレウスの許可を求めたのだ。
レフがこの話を聞けば、安楽椅子探偵はミステリーの王道だが、そんな知識のない俺が出来るわけないだろ! と悶えていそうだが、いないので問題はなかった。
◇◇◇
ドンドンドンっ!!! とドアを叩く激しい音で目が覚めた。
何をそんなに慌てているのかしら。
ここは法律事務所なのに。
診療所や騎士団の詰所と違って、一刻を争うような事態はまずないわ。
「カレウス・ベルフラワー卿! 騎士団のブーツっす! 開けてほしいっす!」
出たくない。何用かは知らないが本当に出たくないわ。
騎士が仕事で来るなんてろくなことじゃないのは、用件を聞くまでもなく分かるもの。
けど、そう言っても仕方ないのでしぶしぶドアを開ける。
「はいはい。騎士団の方が何用ですか? レフ・アネモヌン様は現在王城にいるので、ここには不在よ」
「カレウス卿! 大事件っす! 昨日の夕方に殺人事件の犯人としてレフ卿が拘束されたっす!! その件でクリュザンテーメ王女殿下から出頭要請が出てるっす!」
は? レフちゃんが拘束された?
殺人事件で? つまり犯人だと思われてるの?
「大事件じゃない!!! すぐ用意するから待っておきなさい!」
すぐに正装たるメイド服に身を包む。
そして以前に話していたレフちゃんの机の中の、二重底になって保管されているメモ帳とアタシの秘密のメモ帳をポッケに入れる。
これで準備は万端ね。
「さあ待っててレフちゃん。貴方だけの完全無欠パーフェクトメイドが主の危機を救ってみせるわ!」
「グェッ! ペン! ペペーーン!!!」
アタシが決意を口に出したところで、レフちゃんのペットの鳥畜生がアタシのスカートをつつく。
「…………」
「……………………ペンッ!」
「……そうよね。大切な人の危機に何も出来ないのは辛いものね。動きたいのはアナタも一緒なのね。邪魔したらアナタも一緒にぶっ飛ばすから覚悟しなさいな」
「ペーン!」
「あんたたち、行くわよっ!」
もう二度と主を失うものですか。
きっとこのレリヴァもアタシと同じ大切な人の為に戦うと決めたなら、アナタも戦友よ。
必ず事件を解決してみせるわ。




