第9話:お坊ちゃまに会いました
レックスィンの街に来てから、早2ヶ月。メイドのお仕事にも随分慣れてきた。さらに週に1日はお休みを頂けるため、お休みを利用してルーマさんの娘でもある、ルリアさんやルルミさん、さらにお嫁さんのアイラさんと一緒に、街にお買い物に行ったり、お食事をして過ごす。
皆は
「この街、何にもないでしょう。本当につまらないわ」
そう皆は言っていたが、私はこうやって同じ年頃の女性たちと一緒に買い物をしたり、食事が出来る事が嬉しくてたまらない。公爵令嬢の頃は、他の令嬢と一緒にこの様な事をする時間もなかった。
さらに海にも行った。美しい海を見ているだけで、なんだか心が晴れるのだ。私はこの街にきて、すっかり海が好きになった。その為、先週のお休みには、なんとルーマさんの息子でもあるドリルさんが、わざわざ私の為に船を出してくれたのだ。
初めて体験した海釣りに大興奮。ただ…途中で気持ち悪くなってしまったが…それでもとても楽しかった。
公爵令嬢の時とは比べ物にならない程、楽しい日々を送っているのだ。心底平民になってよかったと思っている。
そして今日も、メイドとして忙しく働いている。
「マリアナちゃん、悪いのだけれど昼食を庭師に届けてくれるかい?今手が離せない様なんだ。中庭にいると思うから」
「分かりましたわ、行って参ります」
バスケットに入ったサンドウィッチを持って、急いで中庭へと向かう。確かこの辺りにいるはずなんだけれど…あ、居たわ!
「ダンさん、お昼ご飯を持ってきましたよ」
「わざわざ持ってきてくれたのかい?ありがとう、マリアナちゃん」
嬉しそうに私からサンドウィッチを受け取るダンさん。彼も私の事を娘の様に可愛がってくれているのだ。さあ、ダンさんにもお弁当を渡したし、急いで戻らないと。
「キャンキャン」
この声は?
泣き声の方を見ると、茶色いモフモフの犬が嬉しそうにこちらに走ってくる姿が見えた。
「キャス…」
そのままモフモフの犬を抱きかかえる。柔らかくて温かい…それに、モフモフだ。犬をギュッと抱きしめるとある記憶が蘇った。
子供の頃飼っていた犬のキャス。人懐っこくてモフモフで、よく私やお母様に抱っこをせがんでいた。でも…
“お父様、キャスがいないのですが?どこにやったのですか?”
お母様が亡くなり、継母が来て1週間後。キャスがいなくなったのだ。必死に名前を呼びながら探したが、どこにもいなかった。
“あの犬なら処分して、山に捨てた”
冷たい表情で言い放った父親。なんて酷い事を!あまりのショックに泣きじゃくる私に
“犬くらいでビービー泣くな!”
そう言って怒鳴ったのだ。私の元に来なければ、キャスは無残にも殺されることはなかったのに…キャスの事を思い出し、気が付くと涙が溢れていた。そんな私の頬を、舐めてくれる犬。
「ありがとう、あなた、慰めてくれているの?いい子ね」
そう言って犬を抱きしめる。
その時だった。ガサリと音が聞こえたのだ。音の方を見ると、そこには、銀色の髪にグリーンの瞳をした美しい男性が立っていた。この人はきっと、この家のお坊ちゃまだわ。急いで涙をぬぐうと
「お初にお目にかかります。2ヶ月ほど前からメイドとしてお世話になっている、マリアナと申します。ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません」
お坊ちゃまに頭を下げた。
「君の事は知っているよ。それにしても、ジャミンが人を嫌がらないだなんて、珍しいね。ああ、君が抱いているその犬、ジャミンというのだよ。あまり人間が好きではなくて…」
「まあ、そうなのですね。この子、とても可愛くていい子ですのに…あなた、ジャミン様というのね。よろしくお願いします、ジャミン様」
私が名前を呼ぶと、嬉しそうに尻尾を振って顔を舐めてくれる。なんて可愛らしいのかしら?ジャミン様をギュッと抱きしめた。
て、こんなところで油を売っている暇はないわ。
「それではお坊ちゃま、ジャミン様、私は仕事がございますので、この辺で失礼いたします」
ジャミン様を地面に降ろし、お坊ちゃまに挨拶をしてその場を去ろうとしたのだが…
「待って、こんなにジャミンが人間に懐くなんて珍しいんだよ。それに僕はこの街に来てから、同じ歳くらいの人間とあまり話すことがなくてね。よかったら、話し相手になってくれないかい?」
優しい眼差しでそう訴えかけてくるお坊ちゃま。この人、誰かに似ている様な…
「嫌かな?」
「嫌だなんてとんでもありませんわ。でも私はメイドですし…」
「メイド長も母上の話し相手をよくしているよ。僕たちの相手をするのも、きっとメイドの仕事なんじゃないかな?」
そう言ってほほ笑んでいる。ジャミン様も私の足に飛びついて喜んでいるし…
「分かりましたわ、それでは一度、メイド長に話しをしてみます」
「メイド長には僕から話しをしておくから、大丈夫だよ。それじゃあ、よろしくね」




