第11話:私はメイドなのですが…
「キャンキャン」
「ジャミン様、抱っこですか?さすがに走り回って疲れたのでしょう」
ジャミン様を抱き上げると、そのまま大人しく抱かれている。なんて可愛らしいのかしら?
「ジャミンは本当に君に懐いているね。そろそろ部屋に戻ろう」
「かしこまりました。お坊ちゃまも疲れたでしょう。すぐにお茶を準備いたしますね」
部屋に戻ると、ジャミン様にはお水と犬用のおやつを、お坊ちゃまには紅茶とお菓子を準備する。
「ねえ、マリアナ、一緒にお茶をしようよ」
この人は何を言っているのだろう、主と使用人がお茶なんて、どう考えてもご法度だ。
「申し訳ございません、私はメイドですので、主でもあるお坊ちゃまとお茶を共にする訳にはいきません」
そう言って丁重にお断りをした。
「確かに貴族の世界だと、主と使用人がお茶や食事を共にするなんてご法度だ。でも、僕たちは平民だし、そんな堅苦しい事は無しにしようよ。それにメイド長から、僕の言う事は出来るだけ叶えてやれと、指示は受けていないのかい?」
確かにメイド長にはそう言われたけれど…
「ここは貴族社会じゃないのだよ。だから、貴族のしきたりに囚われる必要は無い。さあ、座って」
貴族のしきたりに囚われる必要は無いか…平民になっても、16年間育ってきた貴族界のしきたりが私には嫌というほど身に付いているのだろう。でも、もう私は貴族のしきたりに囚われたくない。
「分かりましたわ、それでは失礼いたします」
お坊ちゃまの向かいに座り、お茶を頂く。美味しいわ、でも仕事中にこんな風にお茶を楽しんでいていいのかしら?皆は一生懸命働いているのに…ついそんな事を考えてしまう。
「あの、お坊ちゃま、私はやはりメイドです。こんなところでお茶を飲んでいる訳には…」
「僕はね、この地でずっと母上と2人で生きて来たんだよ。だからこそ、同じくらいの年頃の子と関われるのが嬉しいんだ。そう言えば、マリアナはいくつなのだい?」
「はい、16歳ですわ」
「そうなんだね、それじゃあ、僕の2つ下だ」
そう言ってほほ笑むお坊ちゃま。どうやらお坊ちゃまは、18歳の様だ。その後も他愛もない話しをして過ごす。そして夕ご飯の時間だ。
「お坊ちゃま、ご夕食の時間でございます。どうぞ食堂へ。私はジャミン様のお食事を見届けてから、食堂に参りますので」
近くで一生懸命ご飯を食べているジャミン様をひとりにするなんて可哀そうなので、ジャミン様の食事を見届けてから食堂に向かおうと思ったのだが…
「ジャミンはひとりでも大丈夫だよ。いつもここでひとりで待っているし。それに、ご飯を食べたらすぐに眠るんだ。ほら見てごらん」
お坊ちゃまがおっしゃった通り、ペロリとご飯を平らげると、近くのベッドに丸くなって眠ってしまった。
「ジャミン様は本当にいい子ですわね。こうやって待っていて下さるだなんて」
「だから言っただろう。さあ、一緒に食堂に行こう」
お坊ちゃまに促され、食堂へと向かう…ん?私、メイドよね。お坊ちゃまに促されていてはメイド失格だわ。私は一体何をしているのかしら?さりげなく後ろからお坊ちゃまに付いて行かないといけないのに!
食堂に着くと、既に奥様が待っていた。私がジャミン様に気を取られていたせいで、結果的に奥様まで待たせてしまう事になってしまった。その事がショックで、めまいがして来た。
ただ奥様はニコニコしているので、きっと怒っていない様だ。早速食事がスタートする。それにしてもこの2人、ほとんど会話をしないのね。終始無言で食べている。それに私、突っ立っているだけでいいのかしら?
ふと近くに控えているメイド長を見る。どうやらメイド長も立ってお2人の様子を伺っている様なので、問題ないだろう。
「マリアナちゃんと言ったわよね。メイドのお仕事はどう?もう慣れた?」
油断していると、急に奥様に話しかけられた。
「はい、随分とお仕事にも慣れて参りました。ただ、まだまだ日々勉強中ですが、皆さまがとても優しく指導してくださるので、毎日楽しくお仕事をさせていただいております」
「そう、それは良かったわ。あなた、若いのに朝早くから夜遅くまでのお仕事、大変じゃない?それにこんな田舎にやって来て」
「仕事時間はそこまで苦ではありませんわ。それにこの街は、空気も綺麗で海も美しいですし、何より人々がとても温かくて優しくて…私は故郷では、私に優しくしてくださる方はいませんでしたので…」
寝る間も惜しんで殿下と王妃様の仕事をこなしても、嫌味ばかり言われ。挙句の果てに、構ってくれないからと婚約破棄を言い渡された。本当に公爵令嬢とは名ばかりの、奴隷の様な生活だった…
「そう、随分と苦労したのね…可哀そうに…」
そう言うと、なぜか奥様が涙を流し始めたのだ。さらにお坊ちゃまも、辛そうな顔をしている。ちょっと、私はただのメイドなのよ。メイドの為に、涙を流すだなんて!びっくりしてメイド長の方を見る。すると、
「マリアナさんは本当に苦労したのですね…可哀そうに…」
そう言って涙を流していた。
「あの、皆さま。暗い話をしてしまい、申し訳ございませんでした。でも、もう過去の話です。私は今、この地でとても幸せに暮らしておりますので」
そう必死に訴えたのだった。




