8 ヒトミゴクウ
物心がついてからの私は、至って普通の、どこにでもいる村娘としての日常を送っていたが、その頃から、言い聞かせられていたことが、三つある。
一つ、コルタク様への生の感謝を、決して欠かさないこと。
朝の目覚め、食事の始まりと終わり、そして一日の終わり、眠りに就くその前に、必ず両手を合わせて祈りを捧げる。
二つ、選定者には無闇に近づいてはならないこと。
選定者は一年を掛け、コルタク様の下へ向かうための清めの準備を行う。常に純潔でなければならないため、泥に塗れて畑仕事をする私たちのような者が、軽々しく近づいて肌を触れるなど言語道断であった。
三つ、村の外――特に、森へは絶対に近づいてはならないこと。
森の中には「異中」と呼ばれる悍ましい怪物が潜んでおり、極めて危険だからだ。子供が誤って抜け出すことのないよう、村を囲う高い壁には「戦士」と呼ばれる役職の大人たちが常に目を光らせていた。
そして戦士か神職の者が同行しない限り、たとえ大人であろうとも、壁の向こうへ足を踏み入れることは厳しく禁じられている。
幼かった頃の私は、これらすべての規則について、何一つおかしいとは思わなかった。
――けれど、六歳になった年の祭り。いつも通り、森の奥へと消えていく選定者の背中をじっと見送ったとき、私の胸に初めて小さな疑問の芽が弾けた。
コルタク様の下とは、一体どんな場所で、どうやって向かうのだろう。
身近な大人に「そこはどんな場所なのか」と尋ねると、大人は「ほら、これを抱いてごらん」と、薪にされるコルタクの端材を渡され、言われた通りに両腕で包み込んで抱える。
「ポカポカとするだろう。だからきっと、コルタク様が暮らす世界は、とても心地よい温もりに包まれた優しい世界なのだろう」と、誰に聞いても同じような曖昧な答えばかりだった。
ならば、どうやってそこへ向かうのか。その手段を問うと、返ってくるのは決まって二つ。「選定者に選ばれること」か、「常に信心深くいること」だった。
違う。そうじゃない。私が知りたいのは、そんな精神論ではなく、物理的で具体的な道筋。
結局、私が求める明確な答えをくれる者は誰もいなかった。
そんな私の平穏な日常に、ある時、決定的な事件が起こる。
私たちは、基本的に村の畑で育てた野菜や穀物を主食にし、たまに家畜などの肉を口にする。
しかし、コルタクの従者となる選定者だけは、一年を通してコルタクの実のみを食すことが義務付けられていた。
その特別な実を森から採取してくるのは、壁を守る戦士たちの重要な任務の一つ。その日は、古くなった建などに備えた、建材としてのコルタクの木の伐採作業も重なり、戦士だけでなく一般の大人たちも大勢、武器や道具を手に隊列を組んで森へと向かっていった
それから、数刻が経った頃。平穏だった村の空気が、突如として引き裂かれた。
壁の門から、悲鳴と怒号とともに、見るも無惨に負傷した大人たちが次々と担ぎ込まれて帰ってきたのだ。
村中が総出で血に塗れた負傷者たちの手当てに追われる中、村長をはじめとする幹部たちが、比較的軽傷だった者たちから事の次第を聞き出していた。
漏れ聞こえてくる話によれば、厳重に周囲を警戒しながら伐採作業を行っていた最中、突如として予測を超える数の「異中」の群れに包囲され、容赦のない奇襲を受けたらしい。
外へ出た男たちの総数は五十三人。そのうち二十七人が軽傷、十二人が重傷。そして九人が、村までの退却道中、あるいは必死の治療も空しく村の中で息を引き取った。残る五人は行方不明。その日のうちに、亡くなった者たちの葬儀が執り行われることになった。
そして、生まれて初めて参列したその葬儀の席で、私はようやく理解することになる。
葬儀は、村の中心に聳える社の前の、小さな広場で行われた。
遺体の凄惨な損傷箇所を縫い合わせ、水で泥と血を洗い落とし、できる限り生前の姿に近づける。そうして地面に掘られた大きな穴の中へ、丁重に横一列に並べられ、村長が、亡くなった者たちへ向けて厳かに手向けの言葉を掛ける。
「我らは今宵、不慮の死を遂げた者たちに安らかな眠りを祈り、信心深き彼らが迷うことなく、貴方様の御許へと導かれ、永遠の平安を得られますよう願います」
村長が社の「御神灯」から揺らめく火種を借り受け、穴の底に敷き詰められた焚き木へと放つ。爆ぜて燃え上がる真っ赤な炎。
皆が神妙に頭を垂れて黙祷を捧げる中、その炎の熱を顔に受けながら、私は理解してしまう。
今日死んだ人たちは、森へ向かい、異中に襲われて命を落とした。どんなに毎日熱心に祈りを捧げ、信心深くあろうとも、人はあっけなく死ぬ。
そして、その『死』によって、彼らはコルタクの下へと向かうのだ。
つまり――歴代の選定者たちもまた、あの森で。
屈強な大人の男たち、壁を守る戦士たちでさえ、命からがら帰還した後も、恐怖にガチガチと歯を鳴らして怯えているというのに。
あの細い身体に薄布を纏っただけの歴代の選定者たちは、たった一人で森の中を進んでいくとき、一体どんな思いを抱えていたのだろう。
すべての生命を等しく温もりで包み込むという慈愛のコルタクが、本当に、たった一人の命を対価として要求するものだろうか。
これは本当に、コルタクが望んでいることなのか。それとも――。
その瞬間から、私はこの村の大人たちに、そして彼らが崇めるコルタクという存在に、底知れない不信感を抱き始めた。
だが、決してその疑念を悟られてはならない。
私は従順な村娘の仮面を完璧に被り続けながら、いかにして「選定者」の白羽の矢を回避するか、それだけを考えて日々を過ごした。
目立たず、優れず、かといって不信心だと言いがかりをつけられない、完璧な凡庸。
しかし、世界の理不尽は、私のささやかな抵抗など容易く踏み躙った。
祭事を終え、成人(十二歳)を迎える年となった翌日。私は、村の最高権力者である長老たちが集う薄暗い集会所へと呼び出された。
部屋の奥に鎮座する村長から、私を見つめる濁った瞳とともに、あまりにも残酷な決定事項が言い渡されたのだ。
――お前は、コルタク様より選定者に選ばれた、と。




