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7 ヒトミゴクウ

村の外には、見渡す限りの広大な雪原が広がっており、数百メートル先には青々とした森が横たわっている。


少女は演奏者たちを従えて村の門外へ進み出ると、遥か先の森へ向かって、深く、静かにお辞儀をした。それに合わせるように、背後に控える村人たちも一斉に深く頭を下げる。


誰もが息を潜めて頭を上げた。訪れたわずかな静寂ののち、少女が準備を整えた気配を察して、再び演奏が始まった。


その穏やかでどこか哀愁を帯びた音色に合わせて、少女はゆっくりと舞を披露していく。

緩やかな木笛の音が寒い空気に響き、漂い、流れると同時に、少女はゆっくりと両腕を天へと持ち上げる。


まるで春風に揺れる水面のように、一切の力みがない、しなやかな足運び。凍てついた地の上を滑るように踏むその身のこなしは、指先からこぼれ落ちる繊細な軌跡さえ、静まり返った空気に溶け込んでいくかのようだった。


ふと舞の合間に覗かせる凛とした横顔には、一切の雑念がない。ただ、穏やかな凪のような静けさだけがそこに湛えられていた。


消えゆく残音に合わせ、出迎えの役割を果たす最初の舞――「始舞しまい」を終えて一礼する。頭を上げた少女は、踵を返して案内するように先頭を歩み始めた。二メートルほどの距離を保ち、演奏者や村人たちがそれに続き、帰路を辿って社へと戻っていく。


社の特等席には、大小二つの座布団のような席が据えられ、傍らにはコルタクの実の盛り合わせと、澄んだ果実水が用意されていた。


大きな席の少し後ろにある、一段低く小さな席に少女が腰を下ろす。これでようやく「お出迎えの儀」が幕を閉じ、本格的な宴が始まった。


この世界と生命樹の名である、コルタク。

あらゆるモノに慈愛の温もりと救いを与える存在であるがゆえに、人々はそれを神格化して祀り、崇拝した。そうして生まれた唯一の宗教が「クタルコ」である。


各地で細かな教義の違いはあれど、根底にある思想は一貫していた。自らの意志で神を信じ、仕えることで心の平安を得て、現世で正しい行いを積む。そうすれば、行き着く先で、大いなるコルタクの下へと導かれるのだと。


この村で行われる祭事の目的は、来訪する神聖なコルタクを歓迎し、もてなすこと。飾り付けとご馳走を完璧に整えたのち、選定者たる少女が従者を伴って村の外で舞と演奏を捧げて出迎える。社へと案内した後は、あらかじめ定められた「間舞かんまい」と「終舞しゅうまい」の刻限が訪れるまで、それぞれが自由に時を過ごすことになっていた。


コルタクは慈愛の神だ。それゆえ、余程の不敬でなければ大抵の不始末は許されるとされている。年に一度だけ許された公式な無礼講ということもあり、村人たちはまるでたがが外れたように、次々と披露される出し物の余興を肴に、豪華なご馳走と濁酒を楽しむ。


その様子を、そこにいるであろう見えぬソレと、選定者である少女は、ただ無言で眺め、寛いでいた。


そう……。楽しげに騒ぎ立てる村人たちを余所に、選定者である少女は、ただ退屈そうに、何も感じていない無心の表情でその光景を眺め落としていた。


ここまで貴族のごとき贅沢な待遇を受けてきた少女だが、彼女の血筋は決して高貴なものではない。

元々は、どこにでもいる平凡な村人の一人娘に過ぎなかった。


そんな少女が「選定者」に選ばれたのは、ちょうど一年前の祭事の翌日のこと。その日から少女の日常は一変し、檻の中の神としてかしずかれる日々が始まったのだ。


事情を知らない余所者や、クタルコに脳まで心酔している狂信者がこの境遇を聞けば、ただの村娘が分不相応な栄華を極めているのだと、さぞ羨ましがることだろう。


狂信者であれば、その「本当の対価」を知ったとしても、至上の誉れとして喜んで受け入れるに違いない。だが――もしも、まともな感性を持った余所者がこの仕組みを知ったなら、一体どれほどのおぞましさに戦慄するだろうか。


愉悦の時間は、いつだって残酷なほど早く過ぎ去る。わずかに世界を照らしていた明雲が、どす黒い夜の暗雲へと混ざり合い、塗りつぶされてゆく。


漆黒が世界を支配する直前、村の大人たちは社の中心に揺らめく「御神灯」から厳かに火種を借り受けた。


そうして、村の至る所に配置された篝火かがりびへ一斉に火を灯していく。闇の中に浮かび上がる無数の赤い炎は、幻想的であると同時に、血の匂いを予感させる不穏さに満ちていた。


祭りの終幕を告げる、最後の舞――「終舞しゅうまい」が奉納される。


舞を終え、まだ熱狂の冷めやらぬ群衆の先頭を、選定者たる少女が歩き出す。再び一定の距離を置いて、今度は村人総出で彼女の背を追い、村の境界である門の前へと大行進を始めた。


コルタクを迎えたのだから、見送るまでが祭事の絶対の理。


村人たちが門の前で一斉に足を止め、祈るような眼差しで見送る中、少女は武器を携えた護衛の男を伴って、静かに森の方へと向かって歩みを進めていく。


そして――不気味に口を開ける森の入り口で、男はぴたりと足を止めた。そこから先は、選定者である少女ただ一人が、深い森の闇の中へと静かに立ち入っていく。


そう、凶暴な「異中」が夜な夜な蔓延る飢えた深林に、武器も、道具も、防寒具すらなく、身に纏った薄い白衣と緋袴だけを頼りに、身一つで入っていくのだ。


この祭りは、コルタクに対する純粋な感謝の祝いだけではない。


これからの村の安寧と平穏を神から賜るため――「従者」となる者を、コルタクの下へと文字通り送り出すこと。


すなわち、この盛大な祭事の本質は、あるモノ達にとっては、ただ残酷な人柱の儀式。


選定者とは、神の機嫌を取るために差し出される、「生贄」に他ならなかった。

始舞しまい」についてですが、現実での意味は少し違います。この物語内での読み方なので理解お願いします。

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