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6 ヒトミゴクウ

永雪故にこの世界は常に雲に覆われている。

それでも朝と夜という明暗は確かにあり、真っ暗な闇の世界が徐々に明るくなって、その薄明かりに誘われるようにして、眠っていた生物たちは静かに目を覚ましてゆく。


人類域の南端に位置する、小さな村の、まだ薄明るい早朝のこと。


いつもより少し早い目覚めに、村の大人達はまだ眠たげな眼を擦りながらも、屋外の井戸場へと向かい、併設された小屋の中へと入っていく。

小屋の中はサウナのようになっており、大人たちはそこで十分ほど汗を流した。その後、小屋を出て井戸の前へと横並びになる。男たちは汲み上げられた酷く冷たい水を、まるで叩き付けられるように三度浴びせられた。数名の男と女たちは、自らの身体を清めるように数度丁寧に浴び、それぞれの作業場へと向かっていく。


今日は年に一度執り行われる盛大な祭事の日。


祭り。それは人々が、偉大なる生命樹であり自然の神であるコルタクを祀り、五穀豊穣・疫病退散・無病息災・先祖供養・子孫繁栄と様々な意味が込められ、豪勢な料理と酒を供え、祈祷や舞によって神への感謝を捧げる儀式。


身体を清めた者たちは、神を祀る社の境内で作業する者と、神へと捧げる供え物である料理や酒を準備する者たちに分かれ、他の者たちは社の周辺から離れた場所や、それによって空いた日常の仕事をこなしていく。


年に一度の特別な行事ということもあり、村人たちの作業の音とともに、村中に賑やかな声を溢れ返っていた。


そんな活気ある声が響く最中、村の中心にある寝殿造の社の一室にて、十ニ歳の少女が目を覚ます。

手の甲を目の上に被せ、小さくため息を吐いて上体を起こす。微かに聞こえてくる賑やかな壁の向こうを眺めながら、枕の横に置かれた籠の中からコルタクの実を手に取って齧っていると、戸を二度叩く音が静かに鳴り響いた。


「御迎えに参りました」


そう声を掛けられたが、少女は気にする様子もなく、二個目を手に取ってゆっくりと食べ進める。

そして三個目に手を付けようとする直前で止め、少女は気だるげに立ち上がって扉の方へと歩いて行く。

その足音を察し、外から(かんぬき)を抜く音が聞こえ、戸が静かに開かれる。


そこには、祭事の装束を纏い、面布(めんぷ)で顔を隠した二人の侍女が控えており、少女に向かって深くお辞儀をしていた。


「「おはようございます。■■様」」


ノイズの混じった不気味な挨拶に対し、少女は返事を返すこともなく、二人の間を通り抜けて静かに廊下を歩き進む。「失礼致します」と侍女たちが歩きながら少女の着崩れを直し、その背後に影のように付き従った。


部屋を出て少し歩いていると、外の喧騒が一段と騒がしくなった。

作業音や賑やかな大人たちの声に目覚めた子供たちが、手伝いに追われたり、元気に遊んだりしているようだ。


少女はそれらを他人事のように他所に進み続ける。前方にさらに二人の侍女が待機し「こちらです」と頭を下げて手を差し向ける。


その案内に従って入った部屋は、熱気の立ち込める浴場だった。中で待機していた湯浴み着を纏った四人の侍女に衣服を脱がされ、身体の隅々まで洗われ、湯船に浸からされながら入念なマッサージ受ける。少女はされるがまま、彼女たちからの最上の奉仕を無機質に受けていた。


湯浴みを終えると、身体の隅々まで水気を丁寧に拭き取られ、ほのかに甘く香る化粧水のようなものを肌に塗られる。仮の衣を羽織らされ、再び別の部屋へと案内された。


少女の目の前には、この日のためだけに用意された豪奢な祭事の衣装が立て掛けられ、神秘的な祭具や装飾と化粧道具が机に並べられている。

それらを、ここまで案内してきた四人と後から加わった湯浴み時の四人。計八人の侍女によって、長い時間をかけて精巧な化粧と着付けが施されていく。すべての確認を終えた侍女たちが左右に分かれて並んで道をつくり、少女は直立不動のまま待機した。


一瞬足りとも揺らぐことのないその洗練された佇まいは、まるで精巧に作られた像か、そこだけ時を切り取って描かれた絵画のようだった。


しばらくして、静寂を破るように木笛の硬い音が響き始める。それを合図に、外の騒然としていた雑音が水を打ったように小さくなっていった。


扉が静かに開かれ、侍女たちが一斉にお辞儀をする。少女はその間をゆっくりと通り抜け、少女の後ろには影のように二人、また二人と侍女たちが付き従った。


外へ出ると、少し縦長の小さな広場が広がっていた。祭事の装束を纏った男女が幾つもの楽器を奏でながら、少女の行く手である正面だけを開け、楕円形に囲むようにして行進を始める。広場の先にある門をくぐると、そこには村の群衆が左右に分かれて作った、長い花道が伸びていた。悠然と現れた少女の姿に、それまでざわついていた村人たちは一瞬で呆然と言葉を失う。


神聖と潔白、一切の穢れなき純粋さを象徴する白衣びゃくえを羽織り、その内側には、燃える光と血潮の生命力を象徴する鮮やかな緋袴ひばかまを身に纏っている。淀みのない背筋で一歩、また一歩。一定の歩幅で、地面を踏みしめる音さえ響かせず滑らかに移動するその姿は、幼くも神々しい。少女の周囲だけ時間の流れが遅くなっているかのような、存在そのものの格の違い。通り過ぎていく少女に、ようやく時を取り戻した老若男女が、次々と様々な眼差しを向けていく。


それは、憧憬であり。羨望であり。そして――。


そんな視線を感じながら、視界の端にノイズのようにぼやけて映る群衆を見て、少女は心の中で冷たく呟いた。


死ねばいいのに。

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