4 トウチュウカソウ
「いつもありがとね。セヴィ」
「ああ……」
「どうかしたの?」
薬を全身に塗り終え、綺麗な服に着替えた彼女が、俺の返答から何かを察知したように首を傾げて問いかけてきた。
目が見えず、まぶたは閉じられているというのに、何故かジッと見透かされているような錯覚に囚われる。言葉に詰まった俺は、届かない視線を少しだけ逸らして、答える。
「外に行くか?」
「外……。それってただ家から少しの時間出るんじゃなくて、何処かに行くってこと?」
「ああ」
「それって……デートってこと!?」
初めて見る、期待に満ち溢れたフラウの表情と声。思わずたじろいだセラクは、一呼吸置いて問い返した。
「デート……って何だ?そういう場所があるのか?」
初めて耳にする単語への純粋な疑問を口にすると、「あ〜……ううん、なんでもない」と一転して、フラウは少し呆れたような表情で首を振った。
「それで、外って……どこか行きたい場所でもあるの?」
「いや、俺は別にない。外に出るというのはお前の事でだ」
「私の?」
「外には、俺たち以外にも人がたくさん暮らす場所があるらしい。そこへ行けば、その足と目を治す方法が分かるかもしれないだろう」
外の世界――ここから北にずっと進んだ先に、大勢の人間が暮らす「国」というものがあると、サゴリュセから聞かされていた。それを初めて聞いたとき、「助けを求めないのか?」と尋ねたが、サゴリュセは実の娘をあれほど盲目的に可愛がっていた割に、最期の日までそのことには一切触れなかった。治療の可能性がある外部との接触を、頑なに避け続けていた。
その真意は今も分からない。だが、身寄りのなく、得体の知れない俺を拾って育てるようなお人好しだ。どうせ、自分たちの奇病が他者に伝染ることを恐れたのだろう。
そもそも、同居している俺に伝染っていないのだから、そんな心配は必要ないと思う。だが――俺の肉体は、普通の人間とは根本的に違うから、絶対に安全だとは言い切れないか。
……俺なら伝染っても問題なかったてことか?
思考を切り替える。
今日、新たにコルタクの蜜が手に入った。今ある備蓄と合わせれば、およそ半年分の猶予がある。
国の近く、一日以内で往復できる距離に仮小屋を建てるか、あるいは穴でも掘って仮拠点とし、俺一人で行動すれば、他者への伝染リスクに関しては問題ないはずだ。
他に問題があるとすれば、ふたつ。
ひとつ目は、そもそも俺がその「国」という場所に、正式に立ち入れないことだ。この見た目だ。化け物だと言われ、確実に襲撃される。
実際、サゴリュセ本人からもそう言なるだろうと言われた。だからこそ、人目を引かないように目深なフードで顔を隠すよう言われ、俺は今もそれを着続けている。
まあ、万が一襲撃されようとも、逃げ延びるだけなら容易なはずだ。サゴリュセ曰く、「私より強い奴はそうはいない。大抵の奴は小指一本でひねり潰せる」と豪語していた。その彼から戦闘技術を叩き込まれた。人間の軍勢が相手でも……なんとかなるだろう。(油断はしないが)
だから夜間に国へ潜入し、昼間は顔を隠して病に詳しい者を探索する。目星をつけた医者や学者に、フロムについての話が出来ればいい。
そして、もうひとつの問題。
そこで、すぐに治療法が聞けるか、治せるならいい。だが、もし成果が得られなかった場合――ここに戻るべきか、それとも、あるかも分からない「次の国」を目指すかという選択をすることになる。
すぐに引き返すなら問題はない。しかし、未知の土地へさらに旅を続けるとなれば、病を抑える薬が心配だ。
サゴリュセの話では、国には人が大勢暮らしているため、異中による襲撃を未然に防ぐ目的で、領土内のコルタクの木は徹底的に伐採・管理されているという。
この秘境の深林でさえ滅多に手に入らないのだ。管理の行き届いた領土内は言うに及ばず、その周辺の境界領域であっても、新たな蜜を現地調達できる可能性は極めて低い。
確実性の低い賭けになるなら、一度ここへ引き返し、再びこの深林で蜜を採取して薬の備蓄に余裕を作ってから、次の国を目指すのがいいだろう。
自分の容姿のせいで襲撃されるリスクや、夜間潜入などの詳細は省き、セラクは旅の概要だけを簡潔に伝えた。
――外の国へ行き、治療法を探す。もし見つからなければ一度ここへ戻り、薬を作り直してからまた次の場所へ向かう、と。
フラウは最後まで静かに耳を傾け、少しの間を置いてから、ぽつりと言った。
「セヴィがそうしたいなら、そうして。私はどちらでもいいから。だから、任せるね」
紡がれた彼女のその言葉には、まるで自身の身体を治すことも、『生きる』ことにもあまり興味が無いように思えた。
その様子は、ある程度理解できる気がした。
サゴリュセから教わった『生』。
確かに彼女の心臓は動き、呼吸をしている。意識を持ち、目が覚め、お腹が空いたら何かを食べ、疲れたら眠るという日々を送っている。
だが、身動きすら取れない彼女は、生きるためのほぼ全てを俺という存在に依存しており、その境界線の一歩先には常に死が口を開けて待っている。
だが、身動きができない故に、生きるためのほぼ全てを俺という存在に依存しており、常に死が間近にある状態だ。
俺からしてみれば、それは到底、生きているとは思えなかった。
だからこそーー。
セラクは彼女を正面にして、淡々と告げた。
「殺してやろうか?」
血が繋がっていない。そして人でない故か……。当たり前の様に、その言葉を口にしていた。




