3 トウチュウカソウ
ーー生。
その事を教えられたことによって湧く、新たな疑問。
それは自分自身の事。
そして彼女を見ていたからこその疑問だと言えるのだろう。
「おかえりなさい」
玄関の扉を開けると、彼女がいつものように出迎えの言葉を掛けてくる。
「……ああ」
「もぉ〜また戻ってる。た・だ・い・ま・は〜?」
「……さっき言った」
「いつも言っているでしょう。家族に家に帰ってきたことだけじゃない。無事を知らせて安心させることでもあるのよ」
「何もない。さっさと脱げ」
「む〜」
納得いかないとばかりに頬を膨らまして抗議しながらも、彼女は言う通りに服を脱いでいく。
その間にセラクは玄関の傍にある空の樽に蜜を収めて蓋で密閉し、自らも紫血で汚れた衣服を全部脱ぐ。家を出る前に準備していた、無臭の液体の入った桶へと放り入れ、替えの服を手に取る。
そうして、二人の歪なソレが露になる。
セラクの体は人の形をしているが、その肌は真っ白で、少し柔らかそうな虫の外殻のような肌。髪や眉などの体毛は一切ない。目も口もどこにあるのか分からない、人ではない真っ白な球体の、のっぺらぼうのような頭部。
対するフラウは、顔立ちも蒼氷色の髪もごく普通の瑞々しい人間の少女であったが、その足元だけが世界の理から外れていた。彼女の足先は、まるで赤子のように細く小さい。そこからふくらはぎの中ほどに向けて、成長の過程をそのまま形にしたかのように徐々に肉付きが太くなっていく、歪な足。
フラウはサゴリュセの実の娘だが、セラクは生まれて直ぐに母体は死んでおり、その時に近くに居たサゴリュセに拾われた。血の繋がりの無い義姉弟である。
「ほら、前は自分で濡れ」
「は〜い」
二人は協力して瓶からローションのような薬液を手に垂らし、フラウの全身に塗っていく。
ーーフロム。
侵された箇所から冷気を発して凍り付き、それが徐々に広がって、最終的には全身を蝕み完全に凍結死させるという病。あるいは、呪いか。治療法は分からない。彼女は生まれた瞬間から、足先をそれに侵され続けている。
サゴリュセも同じくフロムに侵されていると当人から聞いていた。三ヶ月前、俺が六歳となった日に「出来る限りで構わない……。後を頼む……」そう言い残して姿を消した。それきり帰ってこないということは、そういうことなのだろう。
異中が跋扈するこの世界で、身動きの取れない彼女を一人残して外出できるのには理由がある。異中たちはもちろん、普通の獣たちでさえこの一帯には接近しようとせず、本能的に遠回りしたり、引き返したりするのだ。彼女の肉体が発する冷気を、それほどまでに忌避している。それだけで、コレがどれほど恐ろしいものであるかが理解できた。
フロムの治療法は分からないが、対症療法なら分かっている。冷気に対抗するため、毎日、六つのコルタクの果実を混ぜ合わせたスープによって全身を温め、体温を一定に保つこと。そして、コルタクの蜜と果実を練り合わせた塗り薬を、全身に隈なく塗ることだ。
だが、それでも延命措置に過ぎず、それも完全ではない。
この六年、肉体の成長によって多少は侵行を誤魔化せているものの、冷気はすでに足先からふくらはぎの中程まで達している。これからさらに成長するとはいえ、それも数年で止まる。その後はただ、刻一刻とタイムリミットを刻むだけだ。
さらに彼女は、生まれたときから目が見えていない。足ほど激しくはないが、目から僅かに冷気が発せられている。おそらく、目のどこかがすでに凍結しているのだ。
つまり彼女には、数年という猶予すら残されていないかもしれない。この瞬間にも目から脳へと冷気が進行し、ある日眠ったまま、二度と目を覚まさなくなる可能性だってある。
そして彼女の命綱であるこの塗り薬は毎日全身に塗る故に消費が激しく、その材料であるコルタクの蜜はとても貴重なものだ。
コルタクの木は、樹齢十年目を迎える度、あるいはそこから数年ごとに蜜を溢れ出させると言われているが、実際は少し違う。その期間、何者からも『大きな損壊を受けないこと』が、蜜を溢れさせる絶対条件なのだ。この異中という怪物が蠢き、血を流して争う世界において、十年はおろか、数年間すら無傷でいられる木など、そう多くはあるはずがない。
それ故に、薬が切れて蜜の採取が間に合わなくなるということ。蜜が溢れるたびに異中が集まり、乱戦の中で周囲の木々を傷つける可能性は非常に高い。そうなれば採取量はさらに減り、次の争奪戦で俺自身が死ぬ可能性すらある。
もし俺が死ねば、当然、彼女が薬を得る術は完全に絶たれる。備蓄が底を突けば、彼女の身体は急速に冷気に蝕まれ、瞬く間に凍結死するだろう。
自然治癒で治る可能性もゼロではないかもしれない。だが、六年もの間、一度も快方に向かっていないのだ。そんな希望は、無いに等しかった。




