2 トウチュウカソウ
――生きる。
心臓が動き呼吸をしている。意識を持っている。
目が覚め、お腹が空いたら何かを食べ、疲れたら眠り、次を迎える。
そんな日々を送る事だと教わった。
確かにそれ等は生きていると言えるのだろう。
だが、何処か違うのだと。納得ができないでいた。
時間にして五分。約二キロメートル程進んだ頃、ようやく目的地に辿り着く。
近づくにつれて強く漂っていた、ほのかに甘い香り。それを辿って見えたのは高さが十五メートル以上ある一本の聳え立つ大樹。
ゆっくりとその元へと近づいて行くと、木の幹から黄金のように輝く大きな雫の様な樹液が垂れており、それは既に人間の赤子ほどの大きさなのだが、まだ徐々に大きくなっていく。
「十分も掛からないな……」
蜜が出切る予測時間を考えてしばらく眺めていると、セラクは頭を傾けながら、飛来してきた『それ』を左手で掴み、片足を軸に回転するように勢いを流して止める。
左手で掴んだそれは全長一メートル以上はある、長く鋭いクチバシを持つキツツキのような鳥が槍の様に全身を伸ばしていた。
クチバシの根元を鷲掴みされた鳥は逃れようとジタバタ暴れている。それを他所に、大樹を中心にして、セラクが来た方角の対面方向から扇状に包囲するように、一匹、また一匹と姿を表す。
狼と猿、鹿や熊に蜘蛛や甲虫、空に掴んでるモノと同種が数匹に他の鳥類、蜻蛉や蝿などの多種多様な種が、単独や群れで現れる。その総数は百五十を超えていた。
一体一体が普通の獣や昆虫とは違い、百二十センチメートルあるセラク同等か、それよりも一回り二回りと大きいのに加え、それぞれに角や牙などが生えてたりと、悍ましい特徴が加わった怪物たち。
――異中。
この世界には人と植物の他に虫や獣と様々な生物がおり、それ等が生存競争の過程で成長変異した異形の怪物。
その変異と言うのは、同種とは違う別種の特徴のようなものが生えたりとしたモノ。
それは獣に別の獣の特徴、虫に別の虫の特徴。
そして獣に虫の特徴、虫に獣の特徴。
また、植物的な特徴を。
獣であり、虫であり、そして混ざり合い中間生物へと変異した異形の怪物たちの総称を「異中」と呼んでいる。
そしてこれが生命樹の厄介事。
樹齢十年目と、それから数年を迎える度に大樹より溢れ出るコルタクの蜜は、数キロ離れた異中たちを引き寄せる。
互いに出方を様子見する中、強くなる蜜の香りが異中たちの理性を徐々に溶かしていく。
最初に動いたのは、三本の長い尾を持つ狼の群れだった。リーダーによる遠吠えの号令で群れ全体が一斉に駆け、それに釣られて他の異中たちも動き出す。
狼の群れの二十五匹が三から五匹のグループに別れて周りの出方を警戒し、先頭を走る三匹がセラクへと向かって襲い掛かった。
迫り来るそれに対し、セラクは手に持つそれを両手で持ち直し、その頭と首を引きちぎって大きく振った。紫血による目隠しの幕を引き、狼たちの足に一瞬の迷いを生じさせる。
そこへ、右の狼へ向かって肉薄し、鳥の胴体を鈍器として上から潰すように殴りつけた。さらに、逆手に持った引きちぎったクチバシを、真ん中の狼の頭へ横から突き刺し、杭を打つようにして最後の狼を巻き込んで蹴り飛ばした。瀕死となってうつ伏せに崩れている狼の頭を踏み潰し、手に持つ肉塊を放り捨てる。
三匹を倒しても休むことなく、今度は熊が猿や狼をなぎ払いながら突進して迫り来ていた。セラクは迷うことなく、熊へと向かって真正面に走る。
距離が狭まり殴る構えを取ると、熊が強靭な熊手を振り下ろそうとしていた。
それに対して正面からぶつかることなく体勢を変え、スライディングで熊手を躱しながら、滑り込むように股下を抜けて、その尾を両手で掴む間際、背後から放たれていた円錐形に広がる蜘蛛の糸が熊を捕らえた。
勢いのままにうつ伏せに倒れ、直ぐに起き上がって絡まる糸を剥がそうと暴れている隙を見逃さないとばかりに、一グループの狼たちが飛び交う様に熊の肉体を噛み抉る。セラクは熊が倒れる最中、尾を掴む腕を引きながら前足を大きく上げて勢いの流れをコントロールし、暴れる熊の背に上がって項へと到達し、そこへ貫手を放つ。
脊髄を破壊し、捻って抉り抜く。暴れていた熊はピンと体を硬直させた後、力なく崩れ落ちていった。
セラクはその崩れゆく巨体を足場にし、抉り取った熊の骨を砕いて上空へと投擲する。
散弾のように拡散した骨の破片は、縦横無尽に上空からヒット&アウェイを繰り返し、次の時機を計って飛んでいた飛行種たちの羽を容赦なく傷つけ、地上へと落ち行く。
あるものは空中を横から過ぎていった蜻蛉の羽によって細切れにされ、地上では猿や狼などに嬲られ貪られる。
辺りを見渡せば乱戦の殺し合いが繰り広げられている。
風切り音と共に真横から何かが過ぎると同時に、セラクの姿が消える。
突撃してきた蜻蛉の頭を拳で貫き、息絶えコントロールを失った蜻蛉の肉塊と共に、勢いのままに猿の群れへと突撃する。
猿が困惑している隙に、着地と同時に根元から抜き取った蜻蛉の翼を剣の様に振るって、猿を切り伏せていく。
怪物たちの溶けた思考の中には、既に逃走の選択など無い。
一つの群れか、最後の一体になるまで終わることの無い戦い。
それは長引くことなく、刻一刻と終わりへと向かう。
最後の一体の頭を踏み潰して少し乱れた呼吸を整る。血濡れた上着を白い雪で拭って着直し、大樹へと向かって歩く。
真っ白だった大地は見る影もなく、ドス黒い紫血に染まって至る所に血肉が散らばっており、酸っぱい匂いが漂うが、大樹に近づくにつれて甘い匂いがそれを塗りつぶす。
大樹の元へと辿り着くと同時に、大きくなった蜜の塊が一瞬木から抜けた様に動き、木の幹を伝って落ち始めた。
それを服の中に入れていた皮着で包む様に採って、赤子のように大事に抱き抱え帰路に就く。




