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1 トウチュウカソウ

天を雲が覆い隠す、乾雪舞降る灰銀の世界。


秘境の深林にて、セラクは木に登って実を採取していた手を止め、西の方を向いていた。

しばらくして実を背負い籠に収めると、木から飛び下りる。積もった雪と、その下で固まった氷の地面を踏みしめながら、フードを深く被り、襟の高い厚手の外套で口元を覆って帰路につく。


――イキタイ。


それが、生まれて初めて聞いた言葉だった。


生まれたその瞬間から今日までの六年と少し……。それは何の前触れもなく、内側から時折り聞こえてくる声。あるいは、湧き上がる感情というものか。


なぜそれが聞こえるのかは分からない。そもそも『生きる』とは何なのだろうか。昔、疑問に思い、時間のある時に自問自答した。育ての親であるサゴリュセから様々なことを教わりながら、疑問としてぶつけたこともあった。


前者はまだ答えが出ていないが、後者については、何となくの答えを聞いて育ってきた。




三十分ほど歩くと、少し開けた場所に小さな泉と、ポツンと建つ一軒の小屋が見えてきた。玄関の扉の前で肩に積もった雪を払い落とし、扉を開ける。


「おかえりなさい。セヴィ」


磁器のように白く、触れれば壊れてしまいそうなほど透き通った肌。海氷のような冷たい蒼氷色そうひょうしょくの髪をルーズサイドテールに結び、薄い布を肩に掛けた簡素な服装の少女――フラウがベッドの上に座っていた。「パァ」と、目を閉じたまま嬉しそうに顔を綻ばせ、こちらを向いて出迎える。


「……ああ」


素っ気ない返事を返すと、彼女は頬を膨らませた。


「もぉ〜またそんな返事に戻って。ちゃんと『ただいま』って言わないとダメよ」


ジッとこちらを見つめてくる彼女は怒っているように装っているが、そこから一切の怒気は感じられない。


「……ただいま」


「うんうん、おかえりなさい♪ まったく……いつになったら反抗期は終わるのかしら。私の可愛い弟は♪」


満足したフラウは、嬉しそうに鼻歌交じりで編み物らしきものを再開する。

それを横目に、セラクは籠を下ろし、二つの窓を開けて調理台の前に立った。


小屋の間取りはかなり窮屈なものだ。

部屋の真ん中に彼女のベッドがあり、机や調理台、水の入った樽、衣装箱、保存食や果物の入った籠などがそれを囲っている。通り道は、一般的な体格の成人が一人半、ギリギリ通れるくらいしかない。

この内装は、彼女がベッドから降りずとも、少し動けば何にでも手が届くという、一見なんとも自堕落的な環境が整っている。


火打ち石を使って枯れ木を削った着火剤に火をつけ、調理台の横にある炉の蓋を開けて中に放り込む。鍋を二つ並べて火にかけ、樽の水を注ぎ入れた。小指ほどの棒状に削った木の枝を、片方に六本、もう片方に三本と炭の欠片をそれぞれの鍋の中に放り込む。


湯が沸くまでの間に、採ってきた緑・青・赤・黄・桃・橙の、形も色も異なる六種類の果実を一口大に切り分ける。全色と四色の実をそれぞれの鍋に入れて、静かにかき混ぜ始めた。




――コルタク。


それはこの世界の名前であり、そこら中に生えているとある木――【生命樹・コルタクの木】のことでもある。


なぜ生命樹と呼ばれているのか。それは、コルタクの木が生えていない場所では、基本的に生命が活動できないほどこの世界が寒い。


コルタクの木は、それ自体が熱を発している。木の幹だけでなく、枝葉や根に至るまで一定の熱を帯びている。

それ故に、永遠に雪が降り積もろうともその熱で溶かされるため、雪は一定の高さまでしか積もらない。それだけに留まらず、折れた枝や落ちた葉までもが、枯れ朽ちるまで熱を保ち続ける。だからこそ建材として重宝され、建物の中は火を絶やそうとも、寒さに凍えることなく生活を送ることができる。


そして、木に実る六色の果実にも、それぞれ異なる特色がある。

緑色の実は苦味、青色の実は塩辛く、赤色の実には刺激的な辛み、桃色の実は甘み、黄色の実は酸味、そして橙色の実には旨味がある。


実と、コルタクの樹皮を削った枝を一緒に煮込むことで、それぞれの主張を抑えて味が整う。また、皮と実、種を分け、乾燥させたり火で炙ったりといった組み合わせによって、多彩な用途が生まれる。木の硬度を高めて家具や食器などの道具にすることもできれば、逆に繊維を柔らかくして服や編み物にすることもでき、薬や衣服の汚れ落としにも使われる。


聖母のように分け隔てなく全ての生命に温もりを与え、生活を助けてくれるからこその「生命樹」。


だが、そんな生命樹にも一つだけ、厄介なことがあった。




しばらくかき混ぜていると、片方は透き通った黄金色のスープとなって甘い香りが立ち昇り、もう片方は、無臭の液体へと変わっていく。

火を消し、無臭の液体は床に置いた桶へと移した。甘い香りのするスープを果実と共に木の器に注ぎ、彼女の正面にある机に置いて、玄関の方へと足を向ける。


「ありがと……。また出るの?」


「ああ」


「そっか……。気をつけてね」


「……」


背中を向けたまま返事は返さず、セラクは小屋を出た。

すぐに南西を向いて歩き、森への境界線を越えると同時に、地を蹴って駆け出した。

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