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12 ヒトミゴクウ

男の口から吐き出される無慈悲な言葉に、幾つもの事が頭を駆け巡り、少女の瞳から見る見るうちに光が消え失せていくその絶望の様を、男は極上の果実でも味わうかのように、うっとりと目を細めて見つめていた。


「嘘……よ……」


「嘘なものか。安心しろよ死体はちゃんと火葬されて、埋められたからな。――もっとも、母親だけだが。父親の遺体は異中に食い散らかされたから、どっかに糞として転がってるだろうよ」


二人の死を、その尊厳を徹底的に侮辱する発言に、男たちは下品な高笑いを森に響かせた。

そして、少女の髪を掴んでいた手を、まるで用済みの玩具を放り出すように乱暴に突き放した。

衝撃で少女の頭が硬い氷土へと叩きつけられる。しかし、彼女は痛みを感じる様子すらなく、ただ壊れた人形のように、焦点の合わない瞳で虚空の一点を凝視し続けていた。


「んだだ! 傑作なんだな。もういない助けが来ると信じて、必死に走ってたんだな!」

「無駄足ご苦労さまです」


後ろに控えていた二人の男が、下卑た笑い声を上げて追従する。彼らの脳内から逃走劇の緊張感は完全に消え去り、獲物を完全に支配したという歪んだ安得感と、他者の人生を徹底的に蹂躙した全能感に酷く酔いしれていた。


「さあ、自分の惨めな現実が理解できたなら大人しくしろ。これからお前には、死んだ母親の代わりに、俺たちのためにたっぷりと身体を張って働いてもらうんだからな」


男たちが少女の周囲を囲み、体を抑えるように足で踏みつけ、無造作に肉に刺さった槍を引き抜く。

にやにやと下俗な笑みを浮かべながら、彼らの濁った視線は、地面に転がる少女という「獲物」だけに注がれており、夜の深林という魔窟において、周囲に意識を向ける者はもう誰一人としていなかった。


――だから、誰も気づかなかった。


男たちの背後。

生い茂る木々の影、彼らが掲げる松明の淡い橙色の光さえも決して届かない、濃厚な闇の境界線。

そこから、じっとりと大気に漂い、肌に張り付くような、異常な濃度を持った『ナニか』の気配が滲み出し始めていた。


異様な違和感を本能的に察知したのだろう、リーダーの男が怪訝そうに背後を振り返る。


だが、松明の光が切り取る影の先には、何も存在しない。


唐突に背後を警戒した彼の行動に、取り巻きの二人が「んだ?」「どうかしたんですか?」と怪訝そうに問いながら、同じ方向へと視線を向けた。


「いや……。なんでもな――」


男が再び、地面に這いつくばる少女の方へと向き直る。

その瞬間――『ソレ』は、一切の音を置き去りにして、男の視界に映っていた。


大男の、すぐ真後ろ。まるで彼の影そのものが立ち上がったかのように、ソレは音もなく佇んでいた。


一見すると、それはしなやかな肉体を持ちながらも、所々に硬い剛毛の生えた黒猫のようであった。しかし、決定的に異常なのはその不気味な体躯だ。四肢、特に腕が不自然に長く伸びて猫背で立っており、地面を引きずるほどに長い尾が、雪原の上で歪に揺れながら、その巨体のバランスを完璧に保っていた。


身長百九十センチある大男に比べれば頭半分ほど小さくスリムだが、異常なまでの質量を感じさせる。


闇の中に浮かぶその異中の顔は、不気味でありながらも、どこか猫特有の無垢な愛らしさを残していた。


その刹那、だった。


「ンナッ」


まるで仔猫が甘えるかのような、間の抜けた鳴き声。


――ドバキィッ!!!

――ズガァン……ッ!!!


唐突に、鈍く重い衝撃音と同時に、大男の巨躯は、まるでその空間から一瞬で掻き消えるように消失し、真横から凄まじい質量が激突する音が夜の森に響き渡った。


鼓膜を震わせたその音に弾かれたように、二人の男たちの視線が、ガチガチと音を立てるようなぎこちなさで音のした方へと向けられる。

松明の揺れる淡い橙色の光が、黒々とした巨木の根元を辛うじて照らし出した。


そこには、幹に背骨をへし折られるようにして、奇妙な角度で倒れ込んでいる大男の姿があった。顎下から抉り凹む様に肉が歪み、物言わぬ肉塊のようになっていた。


――だが、彼はまだ死んでいなかった。


――ピクッ……ピクッ。


激突の衝撃に拒絶反応を起こすように、大男の巨躯が不気味に痙攣けいれんしていた。辛うじて残った肺がヒューヒューと壊れたふいごのような呼吸音を漏らし、指先が雪を掻きむしるように狂おしく蠢く。


仲間が生きながらにして無惨に悶絶する姿に、二人の男は脳の処理が追いつかず、恐る恐る、何かをした異中へと再び視線を引き戻す。


ゆっくりと正面に向き直った二人の瞳に、再び『ソレ』の姿が収まった。


松明を掲げた手がガチガチと激しく震え、彼らの乾いた喉からは悲鳴すら満足に出てこない。

ほんの一瞬前まで、自分たちの中心で全能感に酔いしれていたのだ。しかし、理解しきれないその現実に脳が拒絶を起こし、完全に思考がフリーズしていた。


そんな、時間が止まったように立ち尽くす二人の前で、異中の口元が、耳元まで裂け広がるように大きく、歪に釣り上がっていく。

目の前の獲物が味わう絶望を吸い上げ、先ほどまでの猫のような愛らしさは一瞬にして霧散していた。


剥き出しになったその口内に並ぶ無数の牙と、人間を心底嘲弄するような「猿の歪んだ笑顔」。

松明の光に照らされる異中の長い尾が、まるで次のエモノの品定めをするように、雪原の上でゆらり、ゆらりと不吉な弧を描く。何も理解できず恐怖に震える彼らを見下ろし、その悍ましき変貌に、夜の深林の絶望が再び牙を狂おしく剥き出していた。

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