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11 ヒトミゴクウ

荒い足音を響かせていた男たちが、少女の姿を捉えた途端に勢いを落とし、一歩、また一歩。静かな歩調で、少女との距離を削っていく。


「まったく……手間かけさせやがって」


ほんの数秒前まで、男の眉間には深い不快の溝が刻まれていたはずだった。しかし、雪原に這いつくばる少女の無残な姿が完全に視界に収まった瞬間、怒りに硬直していた彼の表情は、奇妙な緩み方をして融解していく。

苛立ちは急速に霧散し、代わりにどす黒い愉悦が胸の奥底からせり上がり、男の唇は醜く歪んだ弧を描き、底意地の悪い不敵な笑みが、その顔に浮かび上がった。


男は、這い進む少女に追いつくや否やその真横に腰を落とし、容赦のない手が少女の髪の根元を鷲掴みにした。力なく垂れていた少女の顔を、自身の方へと強引にねじ向ける。

少女の憎悪をこれでもかと孕んだ鋭い眼光で、男の顔を真っ正面から睨み返しが、その必死の抵抗を前にして、男の唇はさらに満足げにほころぶ。


「それで、何で逃げたんだ?」


黙りを決め込もうと固く唇を結ぶ少女に対し、男は髪を掴む手に容赦なく力を込めた。頭皮が剝がされる様な激痛。それに奥歯を噛み締めて堪えながらも、少女は強気な姿勢を崩さずに言い返す。


「つっ……。逃げた? 勘違いしないで。そもそもあんな村に、最初から戻るつもりがなかっただけよ」


「なら何で、わざわざ姿を見せたん……いや、そういう事か」


問いの途中で、男は少し考えるようにした後、すべてを察したように一人で納得し、喉の奥で嫌悪を誘う笑みを漏らした。後ろに控える二人の取り巻きが不思議そうにし、少女は眼前の男をジッと睨み続ける。


「お前……両親が、追い掛けて来てくれているとでも信じていたのか?」


「ッ……!」


明白な動揺。図星を突かれて微震した少女を見て、男はとうとう堪えきれずに吹き出した。


「ぷははっ! そうか、そうか! 」


「……何が、おかしいのよ」


「いや何、やはり何も知らされていなかったのだなと、可哀想にと思ってな」


男の声音から、先ほどまでの刺々しさが消え、代わりに、歪んだ慈愛を孕んだ、優しい表情へと変わっていった。闇の中で松明の炎に照らされるその優しさが、かえって不気味だった。


知らされていない……? 可哀想……?


――少女の脳裏に疑問符が浮かぶ。

そんな彼女に教えてやろうと、男は皮肉なほど優しい表情を浮かべて囁いた。


「お前の両親が追いかけて来るなんてことは、有り得ないんだよ。――なぜなら、もう『いない』のだからな」


「いない……?」


「ああ。半年くらい前に、とっくに死んでるよ」


「……は?」


鋭かった少女の視線が、衝撃のあまり凍りつく。頭の理解が追いつかないまま、呆然とした声が溢れた。


男はその絶望を、極上の美酒でも味わうかのように喉を鳴らし、さらに嬉々として言葉を重ねていく。


「お前が選定者に選ばれて一週間くらい経った頃だったか。俺はまだ成人していない、本来、選ばれるはずがなかったと絶望していた二人に、取引を持ち掛けてやったんだ。『次の儀式の日、森の中で■■を助けて一緒に逃がしてやる。それまでの間、俺たちに協力しろ』ってな。そしたらあの二人、地に額を擦りつけて感謝してきたよ」


そこからのおぞましい顛末を、男はまるで最高に愉快な笑い話でも披露するかのように、熱を帯びた声で語り始めた。


「父親の方はさ、お前に献上するためのコルタクの実集めを、皆の代わりに率先して引き受けさせて、危険な森の深部へ何度も奴隷みたいに使い走らせてやったよ。しばらくは運良く生きて帰って来ていたが、ある日なかなか帰って来なくてよ。様子を見に行ったら異中に食い散らかされた残骸が転がってたよ。で、母親の方は、俺や仲間の男たちの機嫌を取るための、都合のいい玩具おもちゃとして夜な夜な存分に愉しませてもらってたんだがね。盛り上がったちまって、その事を思わず口にしちまってな。旦那の無惨な死を知った途端、すっげぇいい反応したんだよなぁ。だけどそれも長く続かなくて、すぐに壊れちまってさぁ。それからは人形みたいに反応が悪くなって、あっという間に衰弱死したんだったかなぁ。前過ぎて、ちゃんと覚えてねぇわ」

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