99 精霊騒動【南方遠征、みんなで南へ行こう!14】
ユリが即席で手荒く造った切通しは、道の部分の幅が約十メートル、長さが約六十メートルあり、かつて有った川の向こう岸まで通じていた。切通しと言っても、道の両脇の崖は垂直ではなく、傾斜角四十度程の急な切土法面にしてある。なぜそうしたかといえば、何のことはない。トンネルに崩落した土砂を除けた結果、そうなったというだけのことだ。
ユリが魔法で土木作業をしている間、ユリの脇でクレアがずっと暇そうにしていたので、作業中に気になったことを訊いてみる。
「クレアさん。ここを削ってて気づいたんだけど、石化した後の聖獣さんは、鱗も残ってないし、骨とか筋肉とかの内部構造の痕跡も一切残ってないんですね。骨の形の石とかがあったら、ドロップアイテムみたいだから記念に持って帰ろうかと思ってたのに、どこにもありませんでした」
胴の直径が六十メートルを超えた存在なのだから、もしも背骨が残っていたとしたら、その大きさは推して知るべしなのだが、ユリはそんなことは考えていなかったようだ。それに、本人はアイテムボックスに入れていくつもりだったようだが、持って帰ったところで飾る場所がなくてアイテムボックスの肥やしになるだけなのだが、只で収集できるなら目っけ物程度にしか考えていなかった。
「石化といっても、この子の場合は、元々石や土だったものに精霊が纏わりついて生き物の形をとっていたのが、精霊が離れて元の石や土に還っただけじゃからな」
クレアが爺モードで答えた。
「え? じゃあ、クレアさんの親戚みたいなものなんですか?」
「儂は、精霊の化身じゃ!
こんな少しばかり精霊を纏ってただけのものと一緒にするな!」
「へぇ~い」
(何が違うのか全然分かりませんけどね~!)
「おいっ、聞こえとるぞ」
ユリが心の中であかんべえをしていたら速攻でバレた。
そんな無駄話をしながら、ユリは作業を続けている。法面の補強がまだだったし、道の部分の整地も済んでいないので凄まじく凸凹だった。なので、ユリは切通しを通行止めにしたまま、作業を続けたていた。ときには音もなく次元魔法で掘削し、ときには振動魔法でドドドドガガガガと、工事現場さながらの騒音を立てての作業である。
そんな作業の最中、それまで立ち往生していた馬車が何台か、馬に鞭打って無理やり工事中の路面に奔り込んで来た。
がらがらがらがらがらがらがらがら!
がったんがったんがったんがったん!
「姉ちゃん邪魔だーっ! どけどけーーっ!!」
「ちょっと、まだ作業中ですよー!」
「邪魔すんなーっ! 俺たちが通るのが先だーーっ!!」
「待ちなさいってば!」
「急げーっ! やっとまともな飯にありつけるぞーーっ!!」
「だから待ちなさいって!」
誰も彼もが、ユリの制止を振り切って、酷いのだとユリを跳ね飛ばすようにして、我先にと対岸だった場所に向かっていた。
だが案の定……。
ごろごろごろ、ごがん、がっしゃん、どぉーん!
がぁーーんっ!
ぐわっしゃーーん!
とある馬車は悪路に嵌って車輪が外れて転倒し、またある馬車は馬が外れてキャビンが前のめりに引っ繰り返って動けなくなり、後続馬車の馬がそれを避けたので、これまた車体が転倒する。さらに後続の馬車が次々に衝突して玉突き事故を起こしていた。そのうちの一台から火の手が上がると、それは他の馬車にも燃え移り、慌てて馬車から抜け出した御者と乗客たちが呆然として見守る中、事故を起こした全ての馬車に燃え広がって黒煙を上げていた。
そして切通しに阿鼻叫喚の叫びが響き渡った。
「あぁあああ!! お、俺の積み荷がーーっ!!」
「誰かーー! 火を消してくれーーっ!!
馬車に貸金の証文が入ってるんだ!
あれが燃えたら、俺は一文無しになっちまう!」
「ぎゃあああああ!!」
「あ~あ、言わんこっちゃない。
今まで待てたのに、何であと少し待つってことが出来ないのかな~。
それにしても、石油製品じゃなくても黒煙って上がるのね」
変なことに感心していたユリだが、何が彼らをそこまで急かしたのかは分からなかった。一人は借金取りのようだが、あとはどうなのだろう。南の街に知人がいて、その安否が心配だったのか、あそこに自宅があって、自分の財産が無事かどうかが心配だったのか。それ以前に、積荷の水と食料が尽きて、このままだと飢え死にする恐れがあったのかもしれない。
そんなことを考えていたら、クレアがユリの脇で怪しげなひとことを言う。
「ほぉー、効果抜群じゃのぅ」
「え? 何がですか?」
「ほれ、おぬしの人心を惑わす奇っ怪な力、『イオトカ君』とか言っとったかの。夕べはおぬし、あ奴らと一緒に晩飯を食っておったからな。その影響を受けたんじゃろうな。それでも昨晩はこの元大蛇が精霊を纏っておったから、影響が抑えられておったんじゃが、その精霊たちも今朝がた散ってしまったからの。おぬしの怪異の効果がはっきりと出てしまったのじゃな」
「ええ~~っ。
それじゃ、あれって、私のせい?
私が助けないといけないんですか?」
「ま、元々性根の腐った奴等のしたことじゃ。
怪我人もおらんようだし、放っておけ」
「……、そうは言っても、お金が絡むと死人が出ますよ」
ユリは、どうしようかと仲間を振り返ってみるが、彼らも助けに行く素振りを見せる様子がない。なので、事故を起こした連中のことは後回しにして、仲間の下に戻って、今後のことを相談することにした。
「でっ、リーダー、どうします?
ここの整地は後にして、今すぐ南の街に入ります?
私としては、あのまんまだと私たちの馬車も通れませんし、この後、この道は人や荷馬車の行き来が激しくなるでしょうから、ちゃんと整備しておいたほうがいいと思うんですけど」
ユリは、地震だの台風だので頻繁に自然災害が発生する日本での例を思い浮かべ、援助物資を運んだり、住民を避難させるために、道路の復旧が重要だと考えていた。だが、マリエラは反対した。
「そんなの国か領主か、でなかったら南の街の管轄でしょ。
ユリがやらなくったっていいじゃないの。
ここまでやってあげたんだから十分よ」
そして、ウルフも違う考えだった。
「ユリの考えも分からんではないが、王都から支援部隊が来るとしても早くて十日先だから、道の整備は今すぐでなくていい。
今は目の前で死にかけている被災者の救出が最優先だ」
「うぅ……」
魔王のような魔法が使えるにも拘わらず、ユリの立場は著しく弱かったので、ウルフの発言で決まりかと思われた。しかし、そこでアルバートが意見した。
「だったら尚更、準備を蔑ろにするのは賛成できませんね」
「おぉっ、アルバートさん」
ユリから喜びの目を向けられながら、アルバートは続ける。
「未知の敵の懐に飛び込むのが自殺行為であることは、みなさんもよくご存じでしょう。道路整備を最優先にしろとは言いませんが、この後の対応手順を明確にしてから行動することを提案します」
どうやらユリに全面的に賛同するわけではないらしい。
ユリは、アルバートに顔を近づけて小声で訊く。
『ねぇ、アルバートさんって、災害対策の経験もあるんですか?』
『いえ、そういう人の知識はありませんが、被災の経験は数人分あります』
『あ~、被災して救助されずに死んだ人たちの記憶ですか……』
潰されたり、火で焼かれたり、生き埋めになったり、飢え死にしたり。そういう人々の記憶を受け取っていると聞いて、ユリは若干引いていた。
『あと、被災者の家族の記憶ですね』
災害対策の初期対応の不手際で助けられるはずの命が助けられなかったり、被害が拡大したという例は往々にしてある。きっと、それを怨んで死んだ者の思いなのだろう。
『それに、ウルフさんって、言っちゃ悪いですけど、考え無しに動く脳筋タイプでしょ?
魔物相手の局地戦のときはあれでもいいですけど、人命救助には向いてません』
『そうなんですよね~』
ユリと内緒話した後、アルバートは具体的な提案を提示する。
「街の状況を確認する必要がありますが、道を塞がれたので馬車が入れません。街の中も馬車が通れる保証がありませんし、あの状況だと馬車にある食料や馬車そのものを狙った暴徒に襲われる可能性もあります。
ですので、まずは街の様子を探る偵察斑と、ここに残って馬車と他の乗客を護衛する斑の二班に分けて行動しましょう」
「確かに、そうするのがよさそうだな」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。こいつは乗合馬車だから、目的地まで客を運ばなきゃならねえんだ。それに、あんたら、この馬車の護衛だろ。余計な仕事で手薄にしないでくれ」
アルバートの話にウルフが同意したら、それを聞いていた馬車の持ち主兼御者のドーソンが反対しだした。しかし、ウルフはアルバート側に付いた。
「城門前の乗降所が無くなってるんだから、ここで客を下すことは何の問題もないだろう。それにお前さん、数千の暴徒に襲われたいか?
うちの連中は、魔物相手なら容赦ないが、飢えているだけの悪党でもない人間は殺せないからな。そんな人間の大群に襲われたら、守り切れんだろうな。
飢えた暴徒は怖いぞぉーっ。人の知性を持ったゴブリンみたいなもんだからな」
「おっ、おい。嘘だろ?」
「嘘なもんか。今、あそこに見える瓦礫の向こうは地獄なんだ。
どうしても行きたいって言うんなら送ってやる。
だが、到着次第、俺たちは一目散で退散する。あとのことは知らん」
「…………、分った。護衛任務はここまででいい」
「いい判断です。
あれがちょっとした被害程度なら、馬車は儲け時なんですけどね。あそこまで酷い状況だと、力ずくで馬車を奪う奴が確実に出てきますからね。
暴徒だけじゃありません。何より、貴族連中が何するか分からないんですよ」
「それじゃ、話を戻して。
班分けはどうします?」
「それはウルフさんにお任せします」
「そうだな、ミラとユリが調査斑。俺とジェイクとマリエラが待機だ。
ミラは、精霊の状態の観察を第一目的にして、被害状況の確認と、早急な人命救助の必要な場所の特定をしてくれ。死に掛けている人間以外の対応はしなくていい。ユリはミラの護衛だ。力仕事が必要そうなら、一度戻ってもらってから、ジェイクと交代する」
「了解ですぅ」
「了解です。ミラさんは私が守り抜きます!」
「わかった、あたしは待機組ね」
「ふむ」
「あっ、どころで、リーダー。
王都のギルド長の云い付けって、南の森のベルベット・バグズのサンプリング調査でしたっけ?
あれって、まだ有効なんですかね?」
「鐘熊虫な。
あれは恐らく、俺たちをここに来させるための、こじつけの依頼なんだろうから、後回しにしていいが、一応有効だと思っていてくれ」
「了解!
それじゃミラさん、行きましょう!」




