100 閑話【ユリの武者修行1】
それはまだ、ユリがクレアとアルバートに出会う前、王都で暇そうにしていたときの話。
王都は計画的に作られた城郭都市であったが、長い時が経って人が増えた結果、今では城郭の外側にも平民の町や村が広がっていて、城郭内に三万人、外側に十万人が暮らしている。そして、城郭を取り囲む土地は、当然ながら城壁の外側にあるので、そこに住む人々は常に危険に晒されていた。実際、かつては王都の城郭の周辺では頻繁に魔物や獣が人や家畜を襲うことが頻発し、農作物も度々荒らされていたが、そこに住む人々は勝手に住み着いた余所者であったため、城郭の外の居住地に魔物が現れても城内の兵隊が助けることはなく、それどころか、魔物を呼び込む要因として、居住者を排除しようとすることさえあった。
しかし、そこに住む人口の規模が大きくなり、今では王都の経済圏の一角を担う存在となっているため、王都周辺の森では、兵隊の訓練を兼ねて、定期的に魔物と獣の討伐が行われるようになっている。それでも、突発的に出現したものについては兵の都合がつかず、ハンターギルドに討伐依頼が出されることがあった。
その日のユリは、ラッシュ・フォースの四人と一緒にハンターギルドから受けた緊急の討伐依頼に対処するため、城郭の外にある森の中に来ていた。『炭焼き小屋の周辺に凶悪な見た目の魔物の集団が出るので退治して欲しい』ということで来たのだったが……。
「灰色煌皮なんて初めて聞く魔物なんで、どんな奴なのか興味があったんですけど、大したことなくて楽勝でしたね」
一仕事終えて、ユリが感想を言うと、マリエラが異議を唱える。
「あんたは、いっつもお気楽よね。
あたしにとっては、ここじゃ火魔法が自由に使えないから面倒だったわよ」
どちらの言い分も間違いではない。
灰色煌皮という名前は、大人しくしているときは灰色狼に似た見た目なのだが、興奮するとイルミネーションの電飾を仕込んだかのように煌めく、というより下品にギラついた見た目になる、ということが由来だった。しかし、見た目が派手なだけで、凶悪な雰囲気を醸し出してはいるが、黒虎狼に比べれば、魔物としては大した強さではない。それでも普通のハンターにとっては十分に脅威の存在なのだが、今のユリやラッシュ・フォースの実力なら用意に排除できる相手だった。
そして、マリエラは愚痴を漏らしてはいるが、今の表情は晴れやかだ。というのも、戦闘の途中からユリが戦いの場を裏返しの防御結界で囲って森への延焼を防いだので、その後のマリエラは、それまでの鬱憤を晴らすかのように灰色煌皮の群れに思う存分火魔法を叩き込んで、十分に満足していたからであった。その代わり、いつもなら自分たちの出番であるはずのウルフとジェイクは、やることがあまりなくて詰まらなそうにしている。
「魔物退治よりもぅ、ここに来るまでが大変でしたぁ」
そう言ったのはミラだった。
ここに依頼人を連れて来るのは危険だからと、道案内を付けずに手書きの地図だけを受け取って、道に迷いながらここまで来るのに半日。灰色煌皮が一か所に集まっておらず、それをミラの魔法で呼び寄せるのに手間取って二時間、戦闘開始から退治し終えるのに一時間と掛からなかった。
「いや、安心するのはまだ早い。灰色煌皮の数が、討伐依頼で報告されているより少ない。おそらくまだどこかに残っているはずだ」
「じゃ、どうするの?
もうじき暗くなるから、今から残党狩りはちょっと無理よ?」
「そうだな。今日は一泊して、残りは明日にしよう。
少し早いが、晩飯と泊りの準備をしようか」
という訳で、野営の準備を始める。近くに炭焼き小屋があって、泊まるなら好きに使ってよいとの許可をもらってはいたのだが、実際に中を確認して、そこに泊まるのは諦めた。小屋の中の空スペースは、人ひとりが何とか寝られるぐらいしかなく、なにより燻り臭くて、とてもではないが中で寝る気にはならなかったからだ。
しかし、ユリには収納バッグの携帯小屋がある。他に、仮設簡易水洗トイレ(ただし女子専用)を設置した携帯小屋もあり、女子だけで寝泊まりするなら、そちらの方が便利だったりする。便所小屋に泊まると思うと気が滅入るが、トイレ付きコテージに泊まると思えば問題はない。
「今日は人目が無いので、携帯小屋を出しますね。敷布と毛布も出してあるので、好きに使ってください」
ユリはそう言って、近くにあった巨木の幹の中に部屋があるかのように、携帯小屋の扉を開いた。
「あんたといると野営が楽ちんでいいんだけど、だんだん自分が駄目になっていきそうで怖いわ」
「食事は串焼肉と野菜スープでいいですか?
時間があるから、猪鍋をつくってもいいですけど」
「まったく、至れり尽くせりね」
* * *
籤引きの結果、その日の不寝番はユリが担当することになった。
最初、ウルフとジェイクが、自分たちはあまり仕事をしなかったからと言って不寝番に名乗り出たのだったが、ユリが強硬に籤引きを主張して、さらに次元魔法を使った手品擬きの不正行為をして勝ち取ったのだ。ラッシュ・フォースの四人全員がユリに対して疑わしい目を向けていたが、確証はないはずだ。
「あんたねー、どうやったか知らないけど、不寝番に当たって喜んでる時点でバレバレなのよ。まあいいけど、やり過ぎるんじゃないわよ」
……確証はないはずだ、多分。
ユリには考ていることがあった。
ユリは、この世界に来るに際して、神様擬きのダルシンから魔法に関してチート能力を授かった。精霊魔法は使えないが、それ以外の魔法はこの国の魔術師の中では最強レベルといってもいい。しかし、所詮は神様擬きのすること。ダルシンは全知全能の神とは違う。要するにユリは最強ではなかった。
まず第一に、ユリには体力がない。俗に運動神経と呼ばれる運動のセンスもない。その点に関して、ユリは神から絶望的なまでに見放されていたが、ダルシンにはその補填を完全に忘れられていた。たとえ神であっても、今まで見放していた力をはたして補填するかと言われれば疑問を持たざるを得ないが、その気になればきっと完璧な仕事をしたに違いない。悪いのはダルシンだ。
そしてダルシンの手抜きの結果、今のユリは片手だけ巨大化したシオマネキのようなもので、魔力と体力の力のバランスがもの凄く悪かった。
それでも、攻撃の総合力については問題ない。
問題は近接戦闘だ。
ユリは、次元魔法の防御結界で全身を包む、マジックアーマーとユリが名付けた見えない鎧を装着しているので、大抵の攻撃には耐えられるが、反撃方法がない。それに、マジックアーマーで身を守っているので殺される心配はないのだが、これまでの経験上、剣やナイフで力一杯刺されると、刃先が刺さらずに体ごと突き飛ばされてしまう。敵を攻撃魔法で狙っているときに突き飛ばされれば、誤って味方を撃ってしまうかもしれない。それだとまずいから反撃手段が欲しかった。何より、やられっぱなしでは面白くないという気持ちも強かった。
魔術師の多くは、詠唱中に攻撃されやすいので、その身を守るために背丈ほどの六尺杖やその半分ほどの長さの棍棒で武装していたりする。しかし、そんな重い武器は、ユリには扱えない。
ではどうすればいいのだろうか……。
* * *
ユリは無詠唱で魔法を放てるので、目の前の敵でも瞬間的に倒すことが出来るし、荷電粒子ビームの狙いを定めながら、それとは別に火魔法を放つことも出来る。しかし、なまじ多種多彩な魔法が使えるので、ほんの一呼吸だが遅れが生じてしまう。
そこでユリは考えた。
攻撃しようと思うからいけないのだ。自動防御にすればいいのだと。
そして、別に今ここでやる必要は全くなかったのだが、思い立ったが吉日、思いついたことを実験せずにはいられなかった。
携帯小屋を抜け出したユリは、扉をしっかりと閉めて森に入る。これで、外で騒音を立てても中で寝ている人間に聞こえることは無い。空気の出入りも無くなるので、長時間閉めたままだと中の人間が窒息してしまうのだが、一時間ぐらいなら問題ないだろう。それに、この扉は中から開けられるようになっている。息苦しくなれば、勝手に出て来るだろう。
準備万端。ユリは先ほどの戦闘で、ついうっかりアイテムボックスに収納してしまった灰色煌皮を一頭取り出して、森に解き放って背を向ける。すると、その灰色煌皮は、すぐさまユリに向かって背後から襲い掛かった。
ばごぉおおおおおーーんっ!!
「ふげっ!」
魔物がユリに襲い掛かって爪を立てた瞬間、その体が爆散し、そして、その爆発の余波で、ユリは地面に俯せに叩きつけられていた。
「…………」
頭が地面に半分埋まったまま十秒ほどすると、がぼっと頭を持ち上げ、ぷはっと息をすると、独り言で感想を漏らした。
「う~っ、これは失敗です。
自分が爆風に巻き込まれたら意味がありません。
それに、討伐証明部位まで吹き飛んじゃったじゃないですか」
このときユリは、次元魔法のマジックアーマーの表面に、爆裂反射を仕込んでいた。マジックアーマーに対して応力が加わったときに、それを千倍にして瞬間的に反射することで、自動防御にしようと考えたのだ。しかし、結果は見ての通り。反射したエネルギーで、相手の体内の水分が一気に沸騰し、高温高圧になった水蒸気で全身が爆発してしまったのだ。
がっくりと項垂れたユリは、近くにあった木に手をあてて反省猿のポーズをとろうと……。
ぼんっ!!
「ふぎゃっ!」
木の幹にユリの手が触れた瞬間、その部分が爆散して、ユリは再び吹き飛ばされていた。
「ううっ、完全に失敗作です。使い物になりません……」
その後、エネルギーの反射率を調整して実験を繰り返し、攻撃してきた相手の腕だけを吹き飛ばすようにしたが、それでも爆発の反動は受けてしまう。そこで漸くユリは気づいた。ユリは走りながら魔法を放つようなことはしない。常に立ち止まって攻撃する。だったら、そのときの防御は通常の防護障壁や防御結界でいいのだと。
この日の実験は、それで終了することにした。
そうして小屋に戻ろうとしたユリは、突然声を掛けられる。
「気は済んだのか?」
「ひぇっ!?」
見たら、ウルフとジェイクが携帯小屋の扉の前で立っていた。
「え~っと、リーダーとジェイクさんは、なんでまたここに?」
「二人で小便しに森に入って、帰ってきてみたら、お前がこそこそと出て行くのが見えたんでな」
「もしかして全部見てました?」
「そうだな。魔物の数が合わなかった理由もはっきり分かったな」
「あ、あれは態とじゃないんです。
ついうっかり収納しちゃってただけで。
それに、ここで実験するときに、よその魔物の死体を残してもまずいんで、折角だからそれを使っちゃっただけで……」
「それはまあいい。お前がうっかり『収納』したって奴が、他にもいるんだろ? そいつらをここで出せ」
「えぇ~~っ!?」
その後、ユリが取り出した魔物をウルフとジェイクが嬉々として討伐し、依頼された仕事は朝を迎える前に終了した。
ユリは、相手が魔物とはいえ、殺して喜ぶのはどうかと思わなくもない。そういう心理がいじめや人種差別の元になると主張する者もいたりする。しかし、ここはそういう世界なのだ。中国古典の神怪小説である封神演義には神仙が殺戒を犯す衝動を抑えきれなくなる描写がある。これは、そういうものなのだと理解するしかなかった。




