101 閑話【ユリの武者修行2】
普通の魔術師は、戦であれば真っ先に狙われる存在でもある。さらに、魔物や獣から見て最も弱い存在でもあるので、魔術師は魔法を詠唱している無防備状態のときに身を守る術を用意しなければならない。そして、そのような目的には、普通なら六尺杖や棍棒が使われるところだ。
しかしユリは、そのような状態での近接戦闘対策として、無詠唱魔法で代用できないかという実験を、灰色煌皮退治の依頼をこなした後に行っていた。詠唱を伴う魔法を二つ同時に発動するのは、口が二つない限り無理なのだが、全ての魔法を無詠唱で使うユリなら出来るのではないかと考え、自動防御機構を組み上げようとしたわけだ。しかし実験してみると、それはうまくいかなかった。そして、そもそもユリには無用の長物であると理解する結果となった。理解はしたのだが、何かもの足りなさを感じて、悶々とした思いを続けたユリは、何をどう間違ってしまったのか、剣士の真似事をしたいという野望を抱くようになっていたのだった。
「そうよ、自動防御なんて邪道だったのよ。
どこぞの胸無し魔導士みたいに、剣だって普通に使えなくっちゃいけなかったのよ」
ユリがそう考えたのは間違いではない。AIを使って状況判断するならともかく、触れただけで作動する仕掛けは、誤動作の危険があるばかりで、旨く行くはずがない。しかし、ユリの考えは、そこから斜め上に発展し、ジェイクのような筋肉ムキムキな拳闘士は無理でも、剣士の真似事くらいだったら出来るのではないかという、無謀にして巫山戯た考えを持つに至ったのだった。
善は急げ。ユリは剣の教えを乞いに、ウルフの所に押しかけていった。
「はぁあ!? 何言ってんだ、おまえ」
ラッシュ・フォースのリーダーであるウルフに、ユリが剣の振り方を教えてくれと頼んだときの、最初の答えがそれだった。
「ナイフならともかく、おまえ、剣なんて持てるのか?」
ウルフが疑問に思うのは当然だった。ユリに筋力が無いことは、これまでの付き合いで嫌という程よく知っている。通常の剣で約二キロの重さがあり、ウルフが背負っている大剣に至っては、重さが十キロ以上もある。そんなものを武器として振り回すなんて、ユリには絶対ありえないと考えたわけだ。
もちろん、二キロの剣を重いと思うか軽いと思うかは人それぞれではある。
ユリは、かつてよく読んでいた小説では、西洋の剣は殴りつける剣だと書かれていることが多かったので、きっと最低五キロぐらいある肉厚の刃物だろうと思っていた。だから、ウルフが腰に下げている、軽い方の剣を持たせてもらったときは、その刃の薄さと軽さに驚いたものだ。西洋剣は時代や地域によって色々なものがあるのだが、はっきり言えるのは西洋剣は斧ではないということだ。ユリがウルフから見せてもらった剣は、分類としては長剣に属するが、厚みを薄くして肉への食い込みを良くしてあった。そして、それだけだとすぐに曲がってしまうので、弾性を強くして曲がっても元に戻るように、レイピアの刃を広くしたように造られていた。
ではその剣がユリに振れるかといえば、そうは問屋が卸さない。普通の人でも、二キロのダンベルを腰の位置で上げ下げすることは容易でも、腕を伸ばした状態で上げ下げすることは難しかったりする。それが腰の位置で上げ下げすることにも一苦労するユリとなれば、僅か二キロの剣であっても、腕を伸ばした状態で振り回すことは到底無理な話であった。実際、試しに両手で握った剣を腰の位置から力を込めて振ろうとしたが、真っ直ぐに振ることが出来なかった。傍から見ると、ユリが剣に振り回されているようにしか見えない。それで諦めればいいものを、ユリは意地になっていた。
「私は、まだ挫けませんよ。
中学生みたいなハンターが剣を振ってるのに、私に振れないなんてこと、あるわけないじゃないですか。
そんなんじゃ、秋山大二郎の道場に入門できませんよ」
そう言ったわけだが、即座に筋肉増強する魔法なんてものはない、少なくともユリは知らない。なので、代わりにユリは、剣に風魔法を纏わりつかせて、風の力を借りて振ってみた。しかしユリは、自身の剣を握る力が圧倒的に足りていないことを忘れていた。勢いよく振られた剣は、ユリの手からすっぽ抜けて、すぐ横に立っていたウルフの顔を掠めて飛んで行き、そのすぐ後ろの壁板に突き立っていた。
「ユリ。おまえは二度と剣を持つな」
それがウルフの下した結論だった。
* * *
ユリは今、王都の城郭の外にある森にひとりで来ていた。灰色煌皮退治のときに来た場所だ。ここにはもう魔物はいないが、今日の実験に魔物は必要ない。ユリが態々ここに来たのは、人目を避けて実験をしたかったからだ。
ユリは、ウルフに速攻で駄目出しを喰らったが、まだやれることはあると思っている。単に諦めが悪いのか、なかなか渋とい奴であった。
「今日は、秘策がありますからね~」
そう独り言を言いながらアイテムボックスから取り出したのは、刀身がほぼ無色透明な虹色の輝きを放つ抜き身の剣だった。その色彩もさることながら、異常なのはその長さだ。刀身だけで一メートル半。柄の部分を含めると全長二メートル余もある。佐々木小次郎が使ったとされる『物干し竿』と呼ばれる刀ですら、その刀身の長さは三尺余とされているので、ユリの剣は異常に長かった。これだと持ち運ぶには不便だし、鞘に入れた状態だと、ユリの身長では鞘から抜くことができない。しかし、どうせユリはアイテムボックスを使うので、鞘には納めず抜き身のまま出し入れすることにして、刀が長過ぎることは気にしないことにしていた。
ユリは、右腕で剣の柄の中程を握ると、腕を伸ばして、剣先を天に向け、その虹色に煌めく刀身を眺めるようにして格好つけているつもりで言う。
「君の名は『次元剣介』だ」
センスの欠片も無いネーミングだった。
これは、ユリが次元魔法の防護障壁を応用して作った斬鉄斬岩剣だ。だったら『五右衛門』じゃないかと言われそうだが、ユリは次元魔法にちなんでその号にした。じつは、刀身が長いから『長介』にしようかとも考えたのだが、そんな号をつけると、百年後に付喪神になったときにダミ声で喋り出しそうな気がしたので『剣介』を採用したのだった。
その試作品を作ったのは、遡ること、以前薬剤師の護衛をする前のことだった。最初は、剣は薄ければ薄いほど、細ければ細いほどいいかと思っていた。というのも、剣は厚くなればなるほど切断対象を変形させる力が必要となり、幅が広いと切断対象が刀身に張り付き、摩擦が強くなって切ることが難しくなると考えたからだ。その考えは基本的には間違いではない。レイピアだって、似たような思想で作られているからだ。しかし、現実の剣は薄く細くすれば剛性や強度が削られてしまう。だから、どうしてもレイピアのような剣になってしまう。
しかし、ユリには次元魔法があった。次元魔法の防護障壁は、厚みゼロなのに、絶対的な物理強度がある。というわけで、SFに登場する意味不明な単分子ワイヤーよりも更に細い、太さゼロのワイヤー状の防護障壁を用意して、それで近くにあった樹木を切ってみた。だが、ワイヤーが千切れることなく幹を通り抜けたのに、切れていなかった。なんのことはない。太さゼロのワイヤーが原子と原子の間をすり抜けてしまって、原子間や分子間の繋がりを断ち切れなかったのだ。
というわけで、薬剤師の護衛をしたときは巨大球面の一部を蛇の目状に切り取ったものを二枚張り合わせて、厚みのあるチャクラムのようにして使っていた。
それを参考に、今日、ユリが用意したのが全長二メートル余の剣だった。その剣の幅は約五センチメートル。そして厚さがなんと、一番厚い部分で二マイクロメートル。初めはもっと薄かったのだが、光の干渉縞による虹彩現象で虹色を出すのに可視光の波長より厚くする必要があったから、何十回もの試行錯誤の結果この厚さとなっていた。まったくもって、無駄なことに労力を使っているとしか言いようがない。
その剣で盗賊から奪った鋼鉄製の剣を試し切りしたら、相手が鋼鉄であるにも関わらず、大根のようにスパスパと切ることができた。もしも切れなかったら、高周波振動機能をつけることも考えていたが、その必要は無かったようだ。
「私にとって最大のネックだった剣の重さは問題無し。
超軽量どころか、重さがあるのは柄の鍔と握りだけで、ほぼゼロ。
この剣だったら、私でも簡単に振れちゃうよね~」
ユリは、誰に訴えるでもなく、そう呟いていた。
だが、その考えは間違っていた。
「うわっ……と」
ユリは実際にその剣を振ってみて、つい声を上げてしまった。
「ちょっと待って、何? どういうこと?
重さゼロでも駄目ってこと?」
ユリが造ったこの剣は、軽いから空気抵抗をとても受けやすかった。この剣を水平に振ったときに、刀身が僅かでも傾いていると、団扇を斜めにして振ったときのように、刃先が上下にブレてしまって、狙った場所を切れないのだ。唐竹割りのように縦に振り下ろすときも右や左に逸れてしまう。
恐らく某作品に登場する錆白兵なら、こんな剣でも正しく振れただろう。薄刀『針』を壊さず扱う彼の剣筋にはブレが全く無いからだ。しかし、ド素人のユリは違う。剣筋が正しく定まらない。つまり、剣を振るときに、刃の向きが振る方向に対して少なからず傾いてしまう。その結果、横に振れば上や下に、縦に振れば右や左に、狙いから大きくずれた場所に刃が当たる。もしもユリが首切り役人で、この剣で首を切ろうとしたならば、きっと受刑者の天頂部を削ぎ取ったり、背中を切りつけて台座ごと胸の辺りで輪切りにしていたに違いない。切れ味だけはいいのだ。
……と、そこまではユリでも気付ける問題だったが、実は他にも気づいてない問題があった。ユリが剣や刀を振っても音がしないが、技に秀でた人間が刃筋を正しく振ればヒュンをいう音がする。その音は刀に纏わりつく空気の流れに『カルマン渦』と呼ばれる乱れが発生することによる。もしもユリが剣筋を正しく振れたとしても、振り切る頃には『カルマン渦』によって剣筋が乱れてしまうのだ。全くもって救いようがない。
もっとも、そういった一連の悩みは的外れなものであった。超軽量の剣は、相手に叩きつけても何の意味もない。そしてこの剣は、極超薄刃で切れ味抜群だから、相手に軽く触れて押し込むだけで切ることができる。勢いよく振る必要は全くなかった。
しかしユリは、剣を恰好よく振ることに拘っていた。
「う~~ん、どうしよう」
そうして、ユリの刀剣造りはまだまだ続くのだった。




