102 精霊騒動【崩落した街1】
調査斑として南の街に乗り込むことになったユリとミラ。
しかし、馬車の玉突き事故で発生した火災が道幅一杯に燃え広がっているので、その鎮火を待たなければならず、二人はまだウルフたちと一緒にいた。
「あれ、私が(アイテムボックスに馬車ごと入れて)消しちゃいます?」
そのユリの問いにウルフが答える。
「ユリが(火を水で)消すのは止めておいた方がいいだろうな。
おそらく街の中は、水不足になってるはずだ。
ユリに(大量の水を出せる)特別な力があると分かれば、拘束されて(井戸代わりに)いいように扱き使われることになりかねんからな」
「あ~、確かに(アイテムボックスが)バレるとまずそうですね~」
「ユリだったら大丈夫じゃないの?」
マリエラはそう言ったが、ウルフが否定する。
「こいつがトラブルに関わると死人が出かねんだろうが。
それに火消しで大洪水になったらどうするんだ」
「いや、(アイテムボックスで)消しても洪水にはならないと思いますけど……」
「ユリは黙ってて」
「そんなぁ~」
そんな話し合いの結果、鎮火するのを待ったわけだが、ユリたちの会話は嚙み合っているようで、噛み合っていなかった。
いよいよ馬車の残骸が燃え尽きて、火の勢いが弱まったことを見極めると、漸くユリとミラは、瓦礫だらけの切通しの道に入った。そのとき、炭となった残骸の熾火は、焔が燃え上がるほどではないが、その芯はまだ赤々と燃えていて、二人共に瓦礫を跨いでいくのは酷な状態だった。そのため、ユリは熾火の上に次元魔法の防護障壁でガラスの廊下のようなものを造り、そこをそろりそろりと歩いていた。ウルフたちからは見えていないが、二人の足の下に赤々とした熾火が見えるのは、なかなか心に来るものがあった。
「これって何か、真言宗の『火渡りの儀式』をしてるみたいですね~。
あっ、それとも魔女の火炙りの一種なのかな?」
「ユリさんの言う『真言宗』は知りませんがぁ、昔はここの教会でもぅ、祭りのときにやって見せていたみたいですねぇ」
「へぇ~、どこでもやることなんですね~。
でも王都とかの大道芸でも見たことないですよね?」
「昔はやっていたみたいなんですけどぅ、防御魔法や治癒魔法が発達してからは、『奇跡』を有難がる人もいなくなって、やめちゃったみたいですねぇ」
「『奇跡』じゃないのは昔からだと思いますけどね~。
あれをやって見せるのは、SNSの承認欲求みたいなものなんですかね~?
手品でやるならいいですけど、信者を騙すようなもんだし、宗教関係でやるのは感心しませんよね~」
「ねえ、ユリさん。
SNSは知りませんけどぅ、今の発言を関係者に聞かれたら、信者を総動員して攻撃され兼ねないですよぅ。そういう発言はみんなの前では絶対にしないでくださいねぇ」
「……」
ミラに怒られてしまったので、ユリは話題を変えることにする。
「結構酷い事故でしたけど、死人がひとりも出なかったのが、せめてもの救いですね」
二人が切通しを通り抜ける頃には、事故を起こした馬車の乗客たちはとっくに現場を離れていて、器用に事故を避けた馬たちも、御者に牽かれるか、あるいは勝手に逃げるかして、どこかに行ってしまっていた。死傷者の有無は見ただけでは分からないのだが、ユリは熾火となった残骸の上を通り過ぎるときに、探知魔法で怪我人や死人がいないかどうかを確認していた。
「でも、これからですよぅ」
「これからですか?
まあ確かに、これからが大変なんでしょうけど、財産を失くした人の行く末を心配するなんて、ミラさんってホント、優しいんですね」
「わたくしが心配しているのは、彼らがこれから働く悪事のことですよぅ。あの人たちは、ユリさんを轢き殺そうとした人たちですぅ。元々あくどい商売で儲けてたような人たちなんでしょうねぇ。彼らが全財産失った後に何をするかは、だいたい想像つきますよねぇ」
冷徹な目付きでそう言ったミラの言葉は、あまり優しくない心配だった。
二人が切通しの瓦礫の山を越えて南の街の入り口まで来てみれば、予め分かっていたことではあるが、城壁は全てが瓦礫の山となっていた。城門の金属製の鎖や部品が瓦礫の中に残っていなければ、ここに城門があったとは思ってもみなかっただろう。
これまた乗り越えて街に入ったところで、さっそくミラが状況を伝えてきた。
「ユリさん、この辺りはさっきまでいた場所と同じくらい精霊が薄いですねぇ。そして、邪気が王都よりも濃くなってますねぇ」
本来なら、精霊が多く棲む南の森が近くにあるのだから、精霊が薄いとか邪気が濃いなどということは有り得ないのだが、その常識が通用しなくなっているということだ。
「だからこその調査依頼なんですね」
そう言って納得すると、ユリはミラに仕事の分担を提案する。
「私がミラさんの護衛をしながら要救助者を探しますから、ミラさんは精霊さんや魔物のほうに集中してもらえます?」
「んーー、ユリさんがそう言うなら、それでいいですよぅ」
ユリがそういう分担にしたのには訳がある。
ユリは探知魔法や透視魔法で瓦礫の下敷きになっている人を探すことができるが、精霊や邪気を感じ取ることが出来ない。ミラはその逆に、精霊や邪気の流れに敏感だが、瓦礫の下に何があるかが分からない。要するに、適材適所というやつだ。
そう取り決めて、街の中心部に向かった二人だが、ユリは早々に自分の分担を後悔し始めていた。地下室の出入口が塞がって出られないでいるような人を見つけられればいいぐらいに考えていたのだが、実際に瓦礫の下に見たものは、ある者は瓦礫に頭を潰され、ある者は胴を千切られ、ある者は全身丸焼けになり、ある者は腕を失っただけなのに止血できずに失血死していて、またあるものは壁土に埋もれて窒息し、またある者は流れ込んだ汚水で溺れて事切れていた。
「ユリさん、大丈夫ですかぁ?」
よほどユリの顔色が悪かったのだろう。ミラが心配して声を掛けてきた。
「いえ、大丈夫、です、……多分」
ユリは、王都の闘技場でのスタンピード騒ぎのときにも死体の山は見ていたが、あのときに死んだのはユリたちの命を狙った極悪人どもだけであって、そんな奴等が魔物に食い殺されたところで自業自得としか思えなかったし、彼らが死ぬ様子をじっくり観察したわけでもなかった。しかも戦闘中のことで精神的にハイになっていたこともあったので、とくにトラウマになるようなショックは受けずに済んでいた。しかし今回は違う。悲惨な死を遂げたのは、善人かどうかは知らないが、少なくともユリに悪意を向けた人間ではない。そしてユリは、被災者の生死を確認するために、その状態をしっかりと目に焼き付けていた。正直言って、もう止めたい、もう見たくない。せめて、少しのばかり休憩して心を落ち着けようか……と思ったとき、ミラの叫び声が聞こえた。
「ユリさん!」
「えっ?」
注意散漫になっていたことは否めない。ユリは振り返った瞬間、男が短剣の刃先をユリに向けて突っ込んでくる姿が見えた。
「あっ」
がきーーんっ!
ユリがその音を聞いたときには、自分の身体が吹き飛ばされていた。
「ふみゃ!」
ぼてっ! ごろごろごろ……。
音を立てて地面に落下し、そして転がっていた。回したユリが、ふらふらした状態で立ち上がろうとしたものの、状況判断が追い付かないでいたところで、覚えのある爆音が聞こえる。
ごがんっ!
ユリの目に映ったのは、小さな白い悪魔の後ろ姿だった。
「……えっと……クレアさん?」
「おう! 生きとるか?」
そう、振り返ったクレアが言う。その身体が時計の針のように回って見えるのは、まだ目が回っているからだろう。
「ええ、まあ、何ともないですけど……」
そこには爺モードのクレアがいた。彼女は、いつの間にかユリたちの跡を付けてきていたらしい。そして、彼女の足元には、顎を叩き割られて顔が蛙のよう変形した男が、両手で短剣を腰に構えたまま、痙攣しながら口から血の泡を吹いて転がっていた。
どうやら、ユリはこの男に短剣で襲われたようだ。ユリは、次元魔法の防御結界で全身を包む、マジックアーマーとユリが名付けた見えないで常時身を守っているので、剣で切られたり刺されたりする心配は無いし、体当たりするように刺されたところで、ユリの身体を構成する全細胞と全分子に均等に力が加わるので、怪我をすることは無い。ただ、身体ごと吹き飛ばされてしまうだけだ。
「何でここにクレアさんが?」
眩暈が収まって、漸く意識のはっきりしたユリがクレアに問い質す。調査斑はユリとミラの二人だけだったはず。アルバートがクレアをこっちに寄こすとは思えなかったのだが……。
「精霊の様子を探るなら、儂がいた方が便利じゃろ?
じゃから、あやつの目を盗んで来てやったのじゃ。
だいたい、お主が切通しを抜けた後、渡り廊下をさっさと取り払ってしまったから、儂は赤々とした熾火の上を駆け抜けねばならなかったのじゃ。
感謝してくれてよいぞ」
「クレアさんってば、本当の火渡りをしてきたんですか。そういう無茶なことをするからアルバートさんに叱られるんですよ。
来てくれたことは、まぁ、確かに有難いんですけど、『火渡りの儀式』はそんなひらひらのスカートでやっていいことじゃありませんよ。それを見ていた子供が、真似をして丸焼けにでもなったら、どう責任を取るつもりですか」
「すまんすまん。
しかし、服はこれしか持っとらんし、儂の服は燃えることはないからの」
「そうことを言ってるんじゃありません。
今度からは『燃えない服を着てやっています。危険なので良い子は絶対に真似しないでください』って書いたA3のプラカードを掲げてやってください」
「出来るか!」
「……で……、来た理由は本当にそれだけですか?」
「こっちの方が面白そうじゃったからな」
クレアから、正直すぎる答えが返ってきてしまい、ユリは頭を抱えてしまう。
「面白そうって……。
あのですね、私はさっきから瓦礫の下敷きになった悲惨な死体を嫌ってほど見て、今は物凄く死にそうな気分なんですけど!
あ~、なんか頭痛がしてきた……」
「何じゃ、瓦礫の下の生き残りを探すなら、精霊たちに頼めばよかろうに。あやつらなら、人の生き死にで心を病むことは無いんじゃ。それなのに、なんでお主がやっておるんじゃ。
そんなことばかりしとると、心が荒んで邪気に付け入る隙を見せることになるぞ。
だいたいおぬし、そっちの娘の護衛役じゃろうが。
なぜ違うことをやっておる」
「うぅっ……」
「ま、精霊たちには儂から頼んでおいてやる。
あ奴等の数が少なくなっておるが、生き残りを探すくらいはできるじゃろ」
「クレアさんがそう言うんなら、そうなんでしょうけど……」
「何じゃ、まだ不満があるのか」
ユリは、その問いには答えず、ミラとクレアを近くの広場に連れて行くと、その片隅に穴を掘りだした。一体何を始めたのかと首を傾げるクレアの見ている前で、ユリはアイテムボックスで回収した遺体を穴の中に丁寧に並べ、土を掛けて土饅頭にして、木の板で墓標代わりにする。そこに軽く手を合わせると、ミラに依頼する。
「ミラさん。この人たちが天国に行けるように、お祈りしてもらえますか?」
「はい。いいですよ」
ミラは、ユリの行動を予測していたのか、こういう状況に慣れていたのか、凄惨な遺体を前にしてもさして動じる様子もなく、ユリの依頼に応じて死者への祈りを捧げていた。
「ほぅ。そうするのが人の風習なのか。
森では野晒しが普通だから、考えてもみなかったわ。
確かに、精霊たちでは遺体の回収まではできんのう」




