103 精霊騒動【崩落した街2】
結局のところ、ユリが途中で見つけた遺体だけに限ったとしても、その全てを回収して埋葬することは土台無理な話なので、クレアを通じて精霊から教えてもらった遺体の場所に目印を付けるだけにして、その後の処置は街の人間に任せることとなった、……はずだったのだが……。
「で、その仕事を任せる相手が全然見つからないんですけど……。
行先は本当にこっちでいいんですか?」
元は奇麗な石畳だったはずの凸凹道を、三人揃って歩きながらユリが言う。ユリは、さっきから辺りを見回しながら歩いているのだが、瓦礫の山となった街の中には、人間はおろか、猫の子一匹見当たらない。精霊たちには死者だけでなく生存者についても報告させているし、ユリも魔法で生命反応の探知だけは続けているので、見落としはないはずだ。ともかく、生きた人がいない。
「まさか、全員死んじゃったなんてことはないですよね?」
「ユリさんを襲った人はいましたよぅ」
そうミラに指摘される。
「じゃあ、クレアさんが全部襲った後だとか?」
「そんなわけあるか!
この先で祭りのときのように人が集まっとると、そう精霊たちが言っておるからな。
全員、そっちに行ったんじゃろ」
どうやら生存者はいるらしい。
「このまま行くとぅ、領主様のお屋敷と中央広場がありますからぁ、恐らくみなさん、そこにいらっしゃるんですねぇ」
「ミラさんは、この辺りのことに詳しいんですか?」
「詳しいと言える程ではありませんけどぅ、今のパーティで何度か来てますのでぇ、おおよそ、どこに何があるのかぐらいは知ってますよぅ」
「ほう、ならば、儂なんかより、よっぽど便りになるのぅ」
「あれ? クレアさんとアルバートさんって、南の街から王都に来たばかりって言ってませんでしたっけ?」
「ああ、その通りじゃ。しかしの、森を抜けた後は、街はほとんど素通りしたようなもんじゃったからの。街のどこに何があるかまで、儂は知らん」
「え~っ、普通、少しは何か覚えてるもんなんじゃないんですか~?
ねぇ、ミラさん。この街に、観光客が集まるような、芸術的な建築物とかモニュメントって無かったんですか?」
今は瓦礫の山と化しているものの、かつては目を引くもののひとつぐらいあったろうと考えて訊いてみたが、ミラの反応は悪かった。
「そうですねぇ。地味な建物ばかりだったように思いますねぇ」
「じつは領主が武人で、その趣味嗜好が質実剛健だったとか?」
「いえ、領の運営で自由になるお金があんまり無かったんじゃないですかねぇ」
この街の領主の領地収入の多くは、農畜産物を王都で売ることで得ていたので、王都の周辺で農畜産業が営まれるようになった現在、その収入が減って来ているのだろうということだった。
「う~ん、政治経済の話は大学の試験で嫌な思い出があるから、あんまりしたくないんですよねぇ。
そういえば、食べ物屋さんはどうなんですか?
クレアさんの好きそうなものを売ってるお店とか、いろいろとあったんじゃないですか?」
「食事は、不味いってことはないんですけどぅ、とくに美味しいってこともなくって、そこそこでしたねぇ。量だけは多いから、ウルフさんやジェイクさんは喜んでましたけどぅ、私やマリエラさんにとっては普通でしたねぇ」
「旨いものなんぞ、店があったとしても、あやつ(アルバート)が食わせてくれる訳がなかろう。そんな店、あったとしても、店の前を素通りじゃ」
「ええっ! そうなんですか?
アルバートさんって、釣った魚には餌をやらないタイプの人なんですね」
残念ながらユリは誤解している。常人の三倍の食欲があるクレアに、高価な食べ物の味を覚えさせるわけにはいかない、というのがアルバートの考えなのだ。
(アルバートさんって、将来結婚したら、奥さんが苦労しそうですよね。
そしていつか、熟年離婚されちゃうんですよ、きっと。奥さんに離婚された後は、炊事や洗濯が全然出来なくって、汚部屋での独り暮らしになって、人生が詰んじゃうってやつ。
あっ、でも、アルバートさんって、結婚できなさそうだから、その心配はないのかな。それに炊事や洗濯が出来ないのはクレアさんの方でしょうし)
と、そんなことを考えていたらクレアにバレた。
「おい、こら、ユリ。
おぬし、今何か儂の悪口を言っておったろ」
「あぁっ! また私の心を読んだんですね!?」
「なんじゃ、図星か。言っておくがな、儂は読んどらんぞ。
精霊たちが告げ口して来ただけじゃ」
「すぐに精霊たちの盗聴行為を止めさせてください!」
「さて、どうしたもんかのぅ……」
まあ、そんな無駄話を長々としていたのだが、やはり人の姿は現れない。
「あっちで炊き出しでもしてるんですかね~?
自宅が潰れちゃったら、食べる物も寝る所も無いから、取り敢えずどこかに集まるっていうのは分かるんですけどね」
「集まっておる理由は行けば分かるじゃろ。
気になるなら、いつもの鳥を飛ばして見て来させたらどうなんじゃ」
クレアはAI搭載の鳥型ドローンであるドロンチョを使えというが、ユリにその気は無かった。
「う~ん、なんていうか、ほら。この辺りって、人がいないだけじゃなくって、さっきから鳥とか犬とか猫とかの姿も全然見かけないじゃないですか。もしかして、みんな食べられちゃったんじゃないかなって。
あっちには、弓や投石の得意なハンターとかもいそうですよね。すぐに食べるんなら、火魔法で丸焼きにしたって構わないんですし。
ほら、あの子って見た目が鷲でしょ?
この状況で飛ばすと、捕まって食べられちゃうかもしれないじゃないですか。だから、あの子を飛ばしたくないんですよねぇ」
「ワシだったらワシなんぞ食わんがの」
「クレアさん、それ、私にはどっちがどっちなんだか分かんないんですけど……」
「あら、ユリさんは、儂と鷲が区別できないんですかぁ?」
「ほれ、ミラに通じておるんじゃから、どっちでもいいじゃろ。
それにしても歩きにくい道じゃのぅ」
クレアが話題を変えてまで文句を言ったのは、折角幅広い石畳の道になっているのに、敷いてあった石が浮き上がってガタガタになっていたからだ。しかも道の両脇の建物が崩れて、通れる部分が肩幅ほどしか残っていない。
「それにしても、よくまあ崩れたもんですね~。
残っている建物が、ほとんど無いじゃないですか。
耐震性の建築基準とか無かったんですかね?
今度エレノーラさんに会った時に、言ってみたほうがいいのかな?」
「おぬしはアルバートみたいなことを言いおるの。
ま、儂が森にいた時分に、地面が大揺れしたことなんぞ、一度としてなかったからの。そんなことを心配するのは、おぬしの国の言葉で『杞人天憂』とか言うんじゃなかったかの」
「なんでクレアさんがそんな言葉を知ってるんですか。
あと、普通は略して『杞憂』って言います」
「『キジンテンユウ』?」
ユリは、ミラに合わせて話しているが、ユリの自動翻訳機能は翻訳不能な言葉は原音で伝えるので、ミラの精霊魔法の詠唱がユリにさっぱりわからないのと同じで、ミラには中国故事が通じなかった。
「あぁ、この国には心配性の人がいなかったんですね。
それじゃ、通じないのも仕方ないですね」
と、そこまで話したとき……。
「おっ、見えてきたぞ」
クレアの声に、前方に目を向けると、道の前が開けて、人々の喧噪が聞こえてきた。
* * *
その日のエレノーラは、王宮の庭園にいくつかある四阿(地球ではガゼボとかキオスクと呼ばれる小さな建物)のひとつに設えられたテーブル席にいた。テーブルの上には果実水が入れられたポットと銀の器が置かれている。……と、それだけなら優雅な姿なのだが、テーブルには他に書類が積み上げられていて、エレノーラはそれにひとつひとつ丁寧に目を通していた。要するに、折角こんな所に来ているのに、仕事をしていた。
一般の会社でも、命令するしか能がない上司には困りものだが、それ以上に困るのがワーカーホリックな上司や社長がいることだったりする。上の人間が休みを取らないと、下の人間は休むことが出来ずにどんどん潰されていくのだ。この国の将来が少しばかり心配だ。
もっとも、エレノーラの場合は、仕事とは言っても上から押しつけられた仕事ではない。自ら進んで、趣味として勝手にやっている仕事である。小説を読むように書類を見ていた。だから余計に質が悪いと言えなくもない。
エレノーラは、仕事が一段落すると、王女らしい気品を備えた姿で優雅に果実水を嗜みながら、庭園を彩る花々を眺めていた。そして、これを飲み終えたら仕事の続きをしようかと考えていたら、ひとりのパーラーメイドが、小走りでこちらに向かって来るのが見えた。そのメイドが数メートルの距離まで来ると、エレノーラが微笑みながら声を掛ける。
「おや、シリモンチェではありませんか。
ポットの果実水ならまだ残ってますよ」
そのパーラーメイド姿の女は、実はメイドではなく、情報担当のシリモンチェだった。彼女はエレノーラに近づくときは、なぜかいつもメイド姿になって、実際に給仕をしながら話をする。本人曰く、王女殿下との接触の事実を隠すためと言うことだが、エレノーラは単なる彼女の趣味だろうと考えている。
そしてシリモンチェは、息を切らすことなくエレノーラの下に辿り着くと、いつもなら前置きにしている冗談を語ることなく、本題の報告を伝えた。
「エレノーラ様、緊急事態です。
南の街が壊滅したとの報告が入りました」
その報告に、エレノーラの顔からすっと表情が消える。
「彼らは無事なのですか?」
「はい。壊滅は、ラッシュ・フォースのパーティーとユリ殿が到着する二日前のことなので、彼らは難を逃れました。
災害については、川を覆いつくす聖獣の大蛇が現れ、その余波で地面が大きく揺れて、城壁などの石造りの構造物が全て崩れ去ったとのことです。死傷者数は不明。街の中では食料と水が不足していますが、治安維持を担う警吏も機能しておらず、一部の市民が暴徒化し、犯罪者が跋扈しているとのこと」
「そうですか。
今すぐ国王陛下にお伝えして、早急に救援部隊を編成していただきましょう。
優先的に用意すべきものをリストアップしてください」
「御意」
「それにしても、石造りの構造物が崩れるとなると……」
そう言って、エレノーラは王城に目を向ける。
「殿下。この城も、そういう事態は想定されておりません。
今更建て直すことは現実的ではありませんから、寝室や執務室を魔法で補強するのがよろしいでしょう」
「そうですか。そういうことなら、王室の魔道研究所に何か考えてもらいましょう」
「それがよろしいかと」




